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床は凸凹、トイレに扉はなし、室内の配色は原色だらけ…それでも入居率は100%! 伝説の珍奇建築「三鷹天命反転住宅」が建てられた“意外な経緯”

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 家賃、駅からの距離、平米数、部屋数、各種設備……。多くの人は多様な選択肢から、自身にとっての“暮らしやすさ”を検討し、住まい選びを行うだろう。

 しかし、東京都三鷹市東八道路沿いにある、カラフルな色彩の“珍奇”な集合住宅「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」は、単純な意味での“暮らしやすさ”とは真逆といえる物件だ。室内の床はほとんどが凸凹で、トイレに扉もなければ、収納スペースもごくわずか。それにもかかわらず、2022年6月現在の入居率は100%。10年以上住み続けている住民もいる。

 いったいなぜ、この物件に多くの人が惹かれるのか。そして、なぜこのような変わった建物が建設されたのか。同物件を管理する株式会社コーデノロジストの松田剛佳支配人に話を聞いた。

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三鷹天命反転住宅 外観

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三鷹天命反転住宅が建てられたワケ

――そもそも「三鷹天命反転住宅」はどのような経緯で建設されたのでしょう?

松田剛佳(以下松田) この建物は芸術家・建築家の荒川修作とマドリン・ギンズが設計したものなのですが、彼らが集合住宅を建設した経緯については、まず「養老天命反転地」のことを説明する必要がありますね。

養老天命反転地(公式ホームページより) © 1997 Estate of Madeline Gins.  Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

 荒川とギンズはもともと芸術家で、かつては絵画や彫刻作品を美術館やギャラリーで発表し続けていました。ですが、そういった環境で作品を発表しても、なかなか普段から美術館に来る方以外に作品を伝えられないという、ある種のジレンマを抱えていたんです。

 そんなとき身体で“体験”できる作品に関心を持って、岐阜県養老郡養老町に水平・垂直な線がほとんどなく、至る所に人間の平衡感覚や遠近感を混乱させる仕掛けが用意された広大なテーマパークのような作品「養老天命反転地」をつくりました。

「養老天命反転地」自体は、多くの人に利用され、確かな評価も得たのですが、その一方で別の問題が発生したんですね。何かというと、「養老天命反転地」は “行って楽しむ”もの……言ってしまえば、「養老天命反転地に行ってすごく楽しかった」ということ、それは普段の日常の退屈さを発見させてしまうスイッチのような存在になっていると感じていたわけです。

 そこで、荒川とギンズは「日常自体を変えなければいけない」「生活そのものを楽しいものに変えなければならない」という考えになっていったと。