例えば、病気になって働けなくなった人がいたとして、雇用保険に加入していれば、失業保険の期間中は問題なく生活できるかもしれない。ただ、収入がなければいずれ蓄えは底をつく。そうなれば、消費者金融やカードローンで金を借りることになるかもしれない。親類や知人からも金を借りれば、人間関係も崩壊していくだろう。
そして、家賃の滞納が始まり、住居を追い出され、ようやく役所に駆け込んで来る。
「ここまで来てしまうと、打つ手が限られてしまう。なるべく早い段階で相談してもらうには、困窮状態に陥っている人との接点を増やす必要がある。それで、『断らない相談支援』という看板を掲げました」
そう林は語る。
緩やかにつながるの意味
日本には、生活保護というセーフティネットがある。ただ、生活保護には「世帯収入が定められた最低生活費に満たない」という明確な基準があり、生活困窮者の誰もが受給できるわけではない。
それに、生活保護の基準を上回る収入があっても、生活に困窮している人は大勢いる。
借金が膨れあがり、月々の返済に押しつぶされている人は枚挙に暇がない。月の収入が返済で消えてしまい手元に生活資金が残らない人、逆に収入がなく、今は預貯金を取り崩して生活しているが、早晩行き詰まることが見えている人もいる。また、生活保護自体が恥ずかしいと、生活保護の利用を避ける人も少なからず存在する。
生活困窮者自立支援法が定める生活困窮者とは、生活保護を受けていないものの、将来的に生活保護の受給に至る可能性がある人、あるいは経済的な問題だけでなく、日常生活や社会生活を送る上で問題を抱えた人である。
ペドロのような就労に関わる問題もあれば、引きこもり、うつや精神疾患、軽度の知的障がい、家計や家族の問題など、その対象は幅広く、生活保護のように一定の基準では線引きできない。
生活援護課が自立相談支援や就労支援、家計支援、子どもの学習・生活支援など幅広いサポートを実施しているのも、住民との接点を増やし、困窮者を早期に見つけ出すことが狙いだ。
事実、自立サポート担当のところには1日平均3~4人の相談者が訪れる。定期的にコミュニケーションを取っている相談者は300~400人に達する。
自立相談支援の際に尊重するのはあくまでも本人の意思で、自立サポート担当が支援を押しつけることはない。だが、支援が必要になった時すぐに対応できるように、ゆるやかにつながっている。
ペドロも、武藤とゆるやかにつながっていた。だからこそ、最後の最後でSOSを発信してきたのだ。