父親に悪態をついた谷田部も、同じえびな北高齢者施設で働いている。彼には独特のこだわりがあるようで、どんなに寒い日でも足袋を履き、片道30分の距離を自転車でやってくる。
彼の仕事も片付けや消毒が主だが、得意の工作で周囲の職員を驚かせることも少なくない。
「この間はお年寄りがストレッチで使う棒を80本作りました。新聞紙の中に、新聞紙で作った芯を入れてきつく巻くんです。そうすると、密度が増して固くなる。1カ月以上かかりましたね。工作が得意? 他との比較で工作が得意ということは、ここに来て初めて気づきました。今後? 早くお金を貯めて、あの家を出たいです」
伊藤がユニバーサル就労支援を始めた当初は、持病や身体の障がいを持つような人を想定していた。働きたいのに、物理的な問題があってフルタイムでは働けない。そういう人に、働く場を提供しようと考えていたのだ。
ところが、実際に始めてみると、想定していた層は10%ほどで、引きこもりや「ボーダー」と言われる人々、すなわち軽度の知的障がいや発達障がい、精神障がいが疑われるような人が半分近くを占めていた。
「初めは意味が分かりませんでした。なぜ病気でもないのに家に引きこもるのかが理解できなくて……。今から振り返れば恥ずかしい話ですが、相談に来た方に、『でも、どこか悪いところがあるんじゃないですか?』と何度も確認していました」
なぜ働けるのに働こうとしないのか──。そんな伊藤の疑問には、自身の過去が色濃く投影されている。
支援する側に回った必然
伊藤がユニバーサル就労支援を立ち上げようと考えたのは2012年にさかのぼる。
もともと伊藤はリクルートの営業で、「とらばーゆ」や「B-ing(ビーイング)」などの雑誌を担当していた。中小企業を訪問し、広告を取る飛び込み営業などが主な仕事である。外交的で他人と話すことが好きな伊藤には全く苦ではなく、天職だと感じていた。
ところが、25歳の時に人生が暗転する。突然、体が動かなくなってしまったのだ。
朝起きると体がだるく、体を動かすのもつらい。熱を測ってみると38度を超えている。風邪かと思って病院に行ったが、薬をもらってもちっともよくならない。そんな状態がしばらく続いた。
これはおかしい──。