上意下達が徹底している工藤會では、千代延が指摘するように「トップと実行犯の個性の組み合わせによるところ大」とみるしかないのだろう。県警はトップ3の野村、田上、菊地について、それぞれ性格診断を試みているが、その内容は機微に触れるため、ここでは紹介しない。
「みかじめ料市場」独占の帰結
工藤會の暴走には、「トップと実行犯の個性の組み合わせ」以外にも、いくつかの理由があると思われる。
ひとつは、工藤會による北九州市の「みかじめ料市場」の独占が挙げられる。
1950年代から60年代にかけて、北九州市に進出していた山口組は次々と撤退し、1993年に工藤連合草野一家が合田一家の残党などを吸収合併してからは、北九州市エリアの暴力団は工藤會だけになった。北九州市ほどの規模の都市で、ひとつの暴力団が覇権を握るところは全国どこを探してもない。
暴力団のみかじめ料ビジネスは、建設会社や飲食店に対する、他の暴力団による業務妨害を抑え込むことで成立する。要は、用心棒行為の対価としてみかじめ料を受け取るのである。
もちろん、建設会社や飲食店が暴力団など反社会的勢力にカネを渡す場合でも、喜んで支払ってきたわけではない。
例えば、建設会社が受注した工事を始める前に、暴力団ともつながる地域の顔役に「挨拶」、つまり金を包まないと、夜間、何者かによって現場事務所のガラスを割られ、トラックのタイヤをパンクさせられる。
本来は、そういう嫌がらせがあれば、警察に被害届を出し、警察が捜査して犯人を摘発すべきだが、犯人不詳の軽微な被害の場合、警察は被害届を受理しても、すぐには動けない。弁護士に相談しても事情は同じで、訴訟額が小さい被害なら受任も断られるだろう。
嫌がらせは次第にエスカレートする。建設会社は従業員の安全のため、工事を止めざるを得なくなり、工期遅れで大きな損失を抱える。そうした事態になるのを避けるため、その顔役に泣く泣く、金を払って「実行犯」を抑えてもらう。もしくは、その顔役以上に強力な別の顔役ないしは暴力団にみかじめ料を払い、業務妨害から守ってもらう。
関西ではこの種の「経済行為」を「前さばき」と呼ぶ。飲食店も同じだ。客を装ったその筋の者が堂々と出入りし、一般の客の前で暴言を吐いたりすれば、客は来なくなる。そうなると商売が成り立たない。その筋に顔の利く暴力団に用心棒になってもらうしかない。
こうやって、日本の多くの地域で、一種の必要悪として、暴力団の「みかじめ料」ビジネスが成立してきたのだ。