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 さらに、9月12日に再び東京で会見を開いたファーレルは、放射能の存在を改めて否定。翌13日、「ニューヨーク・タイムズ」は、ファーレルが「原爆が廃墟となった街に残存する危険な放射能を生み出したり、爆発時に毒ガスを作り出すことを、断固として否定した」と報じた。

 この会見で否定されたのは、残留放射線、つまり、核爆発から約1分以内に放出された初期放射線ではなく、その後も影響を及ぼした放射化された土壌やがれき、そして森園らが浴びた黒い雨のことだ。

 ファーレルの声明は、9月3日に日本政府が提出した原爆被害報告書に基づいており、その結論では「爆心地の周辺には人体に被害を及ぼす程度の放射能は存在していない」などと記されていた。ただ、「所見」では「有害物質の粒子が実際に存在するかどうかを決めるためには、詳細な再調査が必要である」と、未知の可能性も指摘していた。

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アメリカの思惑

 原爆がもたらした壊滅的な被害は、熱線や爆風、初期放射線など「原爆投下時に受けた被害」に限定したい――。そんなアメリカの意図が透けて見えるようだ。この点について、残留放射線に関するアメリカの公文書を調べ、『封印されたヒロシマ・ナガサキ 米核実験と民間防衛計画』(凱風社、2008年)などの著書がある奈良大学教授の高橋博子は、こう指摘する。

「まず、占領軍を広島や長崎に駐留させるために、残留放射線の心配がないという前提が必要だった。そして、アメリカ政府は原爆使用に対する批判を避けたかったのでしょう。非武装の市民を一瞬のうちに抹殺し、さらには広島・長崎の街を放射線で汚染した。長期に、しかも広範に影響を及ぼした残留放射線の危険性が明るみに出れば、原爆が『不必要な苦しみを与える』兵器で、投下は国際法違反だとの指摘は免れないのですから」

 自らに対する批判をかわし、占領政策を進めるために先手を打ったアメリカ。残留放射線の否定と軽視はこの時から始まり、現在に至るまで貫かれている。

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小山 美砂

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