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 過労死や未払い残業代請求で、会社が解散していたため泣き寝入りせざるを得なかったというケースは少なくない。しかし、今回の判決では、すでに会社が存在しない過労死事案で、会社の取締役に賠償を課す形で補償を受けることができた極めて珍しい画期的なケースであり、今後も参照されるべき案件である。

 このように「権利の行使」によって過労死被害者の「権利」は拡大してきた。1990年代以前には、そもそもほとんどの過労死は労災認定の対象外だったが、度重なる訴訟によって労災認定の範囲も、民事賠償の範囲も拡大されてきた。遺族の権利闘争が突然死を「過労死事件」にかえてきたのである。

過労死を覆い隠す力にあらがう

 過労死が起こっても自動的に遺族に補償がなされるわけでもなければ、ニュースとして報道されるわけでもない。会社が「過労死ではない」と否定して補償を拒否し続ける中で、労災や裁判などの制度についてまず「認識」し、過重労働の証拠を集め、労災申請や民事訴訟を提起してはじめて、私たちが目にする一過労死事件となる。

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 視点を会社側にうつしてみると、長時間労働によって労働者が命を落としても労災申請や裁判を起こされさえしなければ、過労死を「なかったこと」にできる。だとすれば「合理的」な判断として、まず証拠隠滅が「有効」だ。タイムカードの改ざんや破棄、労基署の調査への不協力のほうが、仮に罰金などの制裁があったとしても、後に請求される数千万円規模の損害賠償よりも遥かに「安い」からだ。

いまの「過労死対策」として必要なのは

 次に、もし証拠隠滅に失敗した場合の「遺族対策」である。極めて低額の見舞金を支払って口を封じる方法(これは水俣など公害裁判でも用いられた手法)から、労災手続きの拒否や遺族の個人「攻撃」など、その方法も多様だ。このような会社による口封じ戦略を乗り越えられるかどうかが、過労死事件では決定的となる。

 しかしそれは遺族だけでは困難だ。私たちのような労働NPOや労働組合、過労死に理解のある弁護士や当事者団体などの支援があってはじめて権利行使ができる。まさに、いまの「過労死対策」として必要なのは、一緒に証拠を集めて裁判を行うための具体的な支援である。