上間は彼女が住んでいたマンションの所在地をAさんに訊いた。Aさんが口にした町名と番地は、あの電話ボックスがある公園のすぐそばだった。
上間は意外な偶然に驚きつつ、スマホで公園の地図を表示してAさんに見せた。
「実はこの公園にさっきまでいたんです。公園の電話ボックスに女の幽霊がでるって噂がありまして――」
Aさんはその話は知らなかったが、公園の近くに知人が住んでいるという。
「電話ボックスで幽霊見たことないか、いま訊いてみましょう」
「昔その電話ボックスで女がずーっと…」
Aさんは知人に電話してしばらく喋ってから、通話を終えてかぶりを振った。
「そんなん見たことないそうです。でも噂は知ってました」
「夜、電話ボックスのなかに女が立ってるっていう噂ですか」
「いや、ちょっとちがうんす。昔その電話ボックスに頭が変になった女がおって、ずーっと産婦人科に電話をかけてるて話です」
「産婦人科?」
「ええ。なんで産婦人科なんかわからんけど、男に捨てられて頭が変になったていうてました」
もともとの噂とちがって、産婦人科に電話をかける女は生身の人間らしいが、それ以上の情報はない。取材を終えてAさんと別れた。
上間はそのあと、Aさんの彼女が住んでいたマンションを訪れた。
これといって建物に特徴はなく、彼女がベランダから転落した2階の部屋は明かりが消えていた。ベランダの真下にはAさんがいったとおり歩道がある。
あたりには外灯がともっているが、歩道のまんなかは光が届かず真っ暗だった。
上間はデジカメとスマホで歩道の写真を何枚か撮って、糸柳に送信した。
するとまもなく糸柳から電話があって、
「牛蛙の話、知ってるやろ。子どもが牛蛙捕まえにいくやつ」
牛蛙とは、糸柳が取材した昭和40年代の話である。