ドブ川に浮かんでいたもの
体験者は当時小学生で、同級生たちと近所のドブ川に牛蛙を捕まえにいった。みんなで川面を覗きこんでいると、ぬるぬるした丸っこいものがいくつも浮かんできた。
牛蛙かと思ったら、それらは赤ん坊にも満たぬ胎児の群れだった。
胎児の群れは異様な泣き声をあげ、体験者たちはあまりの恐怖に逃げ帰った。後年になって、ある産院が中絶した胎児をそのドブ川に遺棄していたのが判明した。
事件の影響かどうか産院は潰れ、ドブ川は埋め立てられたという。
以上の話はイベントで語ったことがあるから細部までおぼえているが、糸柳はどうしてそんな話を持ちだしたのか。上間は疑問に思いつつ、
「牛蛙の話がどうかしたんですか」
「さっき送ってきた歩道、そのドブ川や」
「えッ」
「ドブ川を埋め立てたあと、その歩道になったんや」
上間は不可解な偶然に皮膚が粟立つのを感じた。糸柳は続けて、
「なんで、おまえがそこにおんねん」
「いや、このあたりで猫の鳴き声がしたっていうから――」
そういいかけたとき、ある考えが浮かんだ。
Aさんの彼女が聞いたという何十匹もの猫の鳴き声は、猫ではなかったのかもしれない。電話ボックスで産婦人科に電話をかける女も、それとつながるように感じる。
上間は機会があれば、ふたたび現地を取材したいという。
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