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結城 勉強は苦手だったので、小学4年生から塾に通わせてもらってなんとか合格しました。本当に両親には大切に育ててもらったのですが、中学2年生の頃から非行に走るようになってしまいまして……。他校の不良っぽい友達と、今でいうトー横キッズみたいな感じで、渋谷の「バーキン横」にたむろして。トー横の子たちの未成年飲酒や売春が問題になっていますが、私たちの頃に流行っていたのは「万引き」。私も中3の時に、ドラッグストアで化粧品を万引きして補導されています。

 

トー横ならぬ「バーキン横」に通った“お嬢様”時代

――非行に走ったのは、何かきっかけがあったんですか?

結城 いま思えば、初めて挫折を経験したことがきっかけかもしれません。私は3歳からクラシックバレエを習っていたのですが、中学2年生の時、周りのプロを目指している子とのレベルの差に気づき、「私は一番になれないんだ」と自信をなくしてしまって。練習をさぼって放課後に遊び歩くようになり、辞めてしまったんです。

 学校やバレエの世界が「陽」とすれば、バーキン横は「陰」の世界。自信をなくして空っぽになった自分から逃げるように、陰の世界へ引き寄せられていったというか……。

――そんな結城さんの変化を周りの人はどう捉えていたんですか?

結城 学校での自分と放課後の自分をうまく使い分けていたので、変化には気づかれませんでした。初体験したのもその頃で、あっという間に経験人数は20~30人になっていましたが、学校ではいい子ちゃんぶって「下ネタ無理」みたいな感じで通して……。表と裏の顔を使い分けて生活することに、楽しさすら覚えていたと思います。思えばこの頃から、私の中に二面性があったのかもしれません。結局、万引きで補導されたことで、「裏の顔」はバレてしまいましたが……。

――しかし結城さんはそこでドロップアウトせず、高校大学と進学しています。

結城 両親が悲しむ姿を見て反省したこともありますが、「映画女優になりたい」という夢を思い出したから、気持ちを立て直せたのだと思います。私は小学生の頃から映画が大好きで、いつか女優になりたいと思っていました。高校までは芸能活動禁止でしたが、大学に入ったら夢を追いかけられる。目標ができて、前向きになれました。高校時代はワルイ友達とは距離を置き、ダンス部や学芸祭の活動に力を入れて充実した学生生活を送りました。