投資家が、取締役会の女性比率を重視するように
ただし、大企業トップ層のジェンダー平等が進むという画期的な変化は、純粋な“市民の思い”だけで実現してきたというわけではない。機関投資家が企業を評価するさいの判断材料として、「取締役会の女性比率」や「管理職の女性比率」を重視するようになってきたという要因も、この変化に深く関わっている。
2000年代末から2010年代初頭に起こった金融危機(リーマンショック)および欧州債務危機(ソブリン危機)の後、短期的な利益を追求する投機的行為に対して厳しい批判が向けられるようになり、金融システムの改革が進んだ。投資家(株主)の権力は温存しつつ経済システムを持続可能なものとするため、投資家は長期的な投資リターンの追求を促されるようになった。同時に、長期的な企業価値の評価のために、環境問題(Environment)や社会・人権問題(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みの指標化が進んでいった。
例えば、イギリスの財務報告評議会(FRC)は2010年に、投資家の行動規範および責任を明らかにした「スチュワードシップ・コード」を公表した。これによって、投資家は自らの機関の目的や投資哲学に基づいて、投資先の企業の長期的価値を高めるような介入(すなわち、監視・対話[エンゲージメント]・議決権行使[株主アクティビズム]など)を行い、それらのスチュワードシップ活動ならびにそれがもたらした結果について、情報公開することが求められるようになった(注3)。
同様に企業に対しても、「コーポレートガバナンス・コード」の改訂を通して、中長期的な企業価値の向上のためのガバナンス改革や環境や社会に対する責任ある取り組みとその情報開示を求めるようになった。なかでも、企業が意志決定層に多様な人材を取り入れることは、決定プロセスの透明性と対外的なアカウンタビリティを高め、コーポレートガバナンスの向上をもたらす有効な方法として確立してきた。こうして、「取締役会の女性比率」や「管理職の女性比率」はコーポレートガバナンス改革の進展度を示す分かりやすい指標として広く重視されるようになってきた。
自由主義を重視するアングロサクソン圏のイギリスは、立法による取締役会へのクオータ制導入は行っていないが、このようなスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの改訂を通して、着実に女性取締役率を上げてきた。日本はいまのところイギリスと同じ方法を取ろうとしている。2014年に金融庁が「日本版スチュワードシップ・コード」を制定。2015年には東京証券取引所と金融庁が上場企業に対する「コーポレートガバナンス・コード」を発表し、その2021年改訂で「人材のダイバーシティ」に関する情報の開示を要求している。
それに対して、EUの多くの国は、先に述べた立法によるクオータ制導入と、ここで述べたコードの改訂の両方を行っている。
そして、これらの政策の結果、欧州の上場企業の役員に占める女性比率は、35%~45%に達している(上記の図表「各国の起業役員に占める女性比率の推移」を参照、注4)。
このような欧州の動きから見えてくるのは、ジェンダー平等の要求は「女性管理職率」や「女性取締役率」という指標の形で資本主義に内部化されたということだ。もはや、女性登用は福利厚生や社会的公正のためだけになされるのではない。女性登用を実行することは、投資家からの評価を維持し、安定的な資金調達をもたらし、会社を発展させるのに不可欠なものとなっている。