7 「資本の論理で進むジェンダー平等」がとりこぼすもの
このような状況のなかでジェンダー平等を着実に進めようとする人々にとって重要なのは「ジェンダー平等」がどのような指標の形で取り込まれていくのかに関する動向を理解し、この動向によってどのような取りこぼしや歪みが生まれるのかに注意を払い続けることだろう。
EUは次なる目標として、取締役会の議長や、執行役、CEOの女性割合を重視し始めている。40%クオータを命じる2013年のEU指令によって、非業務執行取締役(社外取締役や監査役)の女性割合は増えたが、取締役会の議長の女性割合はいまだ2021年時点で8.5%にすぎない。これらの女性割合を上げることの重要性を示唆するレポートが、欧州委員会に多数提出されていることから見ても、次はこのあたりがターゲットになると考えられる(注5)。ようやく “本丸”に至ることになる。
また、この40%クオータは基本的に上場企業を対象としてきたが、2022年6月7日の欧州議会の採択によって、適用対象がEU域内の「250人以上の企業」に広がった(注6)。このような形で、経済的領域のリーダー的地位の女性割合を増やすための政策が、引き続き進められていくと予想される。
では、このような動向の中で取りこぼされていくものは何であろうか。大きく2つある。
1つは、経済合理性に接続されにくいタイプのジェンダーギャップの解消である。具体的には、性暴力(ジェンダー・ベースド・バイオレンス)やジェンダー・ケア・ギャップがある。セクシュアリティに関するジェンダー平等という観点からは、性暴力やセクシュアリティ差別などの性のネガティブ面の問題解決だけでなく、セクシャルウェルネスを高めるといった性のポジティブ面の取り組みも重要になってくるが、「“社会”課題の解決」という大義名分を掲げる企業の取り組みのなかで、“個人的なもの”と捉えられやすい性の問題は手つかずになりがちである。
2つ目に、投資家による評価プレッシャーを受けない企業や組織でのジェンダー平等が取りこぼされていく可能性がある。女性管理職を増やそうという潮流が日本でもしっかり強まっていけば、数十年後には、上場企業に勤める人ほど女性上司のもとで働くことを当然と捉えるようになるかもしれない。それに対して、機関投資家による投資対象ではない組織——数多くの中小企業、NGO/NPO、社会的起業家による組織、財団法人や宗教法人などの各種法人、そして抗議デモや学生運動、住民運動などの運動組織——では、リーダー的地位から女性が排除されるという慣習的構造が残り続ける可能性が大いにある。EUのように「立法によるクオータ制」を広範囲の企業に課していくという政策を取らない場合、どうやって広い組織のジェンダー平等を進めていけるのかも重要な論点となるだろう。
日本の男女間格差は、いまだに大きい
指標とは一定の目的の下で整備されるものであるがゆえに、つねに一定の「偏り(特徴)」を持つ。世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数(GGI)の偏りは、リーダー的地位に占める女性割合を重視している点にある。つまり、政治および経済領域において女性が「ガラスの天井」をどれくらい打ち破れているかを測定することができるのが、この指標の特徴だ。そして、これは20世紀末以降の欧州で「社会的」に共有されてきた目標に沿ったものである。
もちろん、より包括的なジェンダー平等を測定することを目的とした指標もある。例えば、欧州ジェンダー平等研究所(European Institute for Gender Equality, EIGE)の「ジェンダー平等指数(Gender Equality Index)」(https://eige.europa.eu/gender-equality-index/2021)は、日本が今後より包括的なジェンダー平等の測定を試みる場合に、ぜひとも参照すべきものの1つとしてある。LGBTIの人権保障に焦点を当てた「レインボー指標」に基づくレポートは、EUの共同出資を受けているNGO団体ILGA-Europeが2009年から発表しており、これも重要である( https://www.ilga-europe.org/rainbow-europe/ )。
2000年代にバックラッシュを経験した日本の男女間格差は、いまだに大きい。
ジェンダー平等を進めるためにも、そして国際社会の新たな経済ルールに適応するためにも、さしあたりは世界経済フォーラムが示すジェンダーギャップ指数の数値を着実に上げていくことが、“広く社会的に共有された目標”になるだろう。女性国会議員と女性閣僚を増やして女性首相を誕生させ、女性管理職と女性取締役を増やしていく必要がある。これが、「ガラスの天井」を打ち破り、社会的権力のジェンダー不平等な分配状況を変えていく一歩になる。
これを前提としたうえで、さらにいえば実質的なジェンダー平等を進めるには、得られた女性リーダー層の厚みを生かしてジェンダー主流化を進めることが重要になってくる。戦略や政策の立案・実施・評価のあらゆる段階に関してジェンダー視点からの提言やチェックを行う機関を設置し、意志決定機関におけるジェンダーの制度化を行っていくこと(注7)。そのような形で女性リーダーの増加という量的変化を質的変化へとつなげ、社会的意志決定のあり方をより良いものにする力に変えていけるかどうかが、今後深められるべき論点である。
注1 European Commission, 2012, Press release, Women on Boards: Commission proposes 40% objective, 14 November 2012. (https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_12_1205 )
注2 越智方美, 2018, 「意思決定の場に女性の声を:ドイツにおける女性役員クオータの事例」, 『NWEC実践研究』国立女性教育会館, 8, pp.159-171. (https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845762762315136 )
注3 「参考資料2 英国スチュワードシップ・コード 2020(仮訳)」「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」(令和元年度第2回, 令和元年11月8日), 金融庁. (https://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/siryou/20191108.html )
注4 内閣府男女共同参画局推進課, 2022, 「諸外国の経済分野における女性比率向上に係るクオータ制等の制度・施策等に関する調査」『共同参画』内閣府男女共同参画局, June 2022, Number.156, pp.2-3. (https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2022/202206/202206.html )
注5 Policy Department for Citizens’ Rights and Constitutional Affairs Directorate-General for Internal Policies, 2021, “Women on Board Policies in Member States and the Effects on Corporate Governance”, 7 December 2021, Think Tank, European Parliament. ( https://www.europarl.europa.eu/thinktank/en/document/IPOL_STU(2021)700556 )
注6 European Parliament, Press Releases, 2022, “Women on boards: deal to boost gender balance in companies”, 7 June 2022. ( https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20220603IPR32195/women-on-boards-deal-to-boost-gender-balance-in-companies )
注7 現在進められている「ジェンダー主流化」は、インターセクショナリルな視点を伴ったものとなっている。インターセクショナルな視点とは、個人が有する集合的アイデンティティや個人的特徴とジェンダーが交差して発生している固有の差別経験を注視するものを指す。(”A Union of Equality: Gender Equality Strategy 2020-2025” https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52020DC0152 の原則の4を参照)。つまり、「女性」や「下位代表の性」は複数的なものとして考えられている。したがって、「ジェンダー主流化」は決して「女性」を一枚岩のものとして捉えたり、女性ステレオタイプを押し付けたりするものではない。仮に組織内で「女ならではの視点」や「女らしい態度」を求めるようなふるまいがあればそれは性差別であるから、組織の規定に基づいて問題化されるべきものである。