松浦亜弥のものまね“エアあやや”と「言うよね~」のセリフで、2000年代にブレイクしたはるな愛(50)。
20年以上にわたってニューハーフのタレントとして活動してきた彼女に、“エアあやや”と「言うよね~」が生まれた経緯、ブレイクのきっかけ、ブレイク後の忙しかった日々などについて、話を聞いた。 (全3回の1回目/2回目を読む)
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喉のポリープがきっかけで「エアあやや」が生まれた
ーー2007年から2008年にかけて松浦亜弥さんのものまね“エアあやや”でブレイクされましたが、この芸が生まれた場が三軒茶屋に開いたバーなんですよね。
はるな愛(以下、はるな) 大阪から東京に出てきて、いろいろテレビに出たりして芸能活動をやってたんですね。それと並行して、三軒茶屋で小さなお店をオープンして。
最初は女の子として、なにかドリンクを作るようなバーがやりたかったんです。いわゆるオネエのサービストークがウリじゃなくて、人と人が向き合うようなバー。でも、そうするとお客さんは全然来なくて。そもそもバーはもちろん、キャバクラやかわいい女の子のお店なんか三軒茶屋には山ほどあるしね。
ーー最初はなかなか苦戦した、と。
はるな 半年以上は、そうでしたね。で、どうしたら来てくれるんだろうって考えたら、やっぱり私は男なんだと。それまで大阪のニューハーフのお店で人気だったのって、男であるニューハーフとしての評価なわけで。
ニューハーフのお店って、たまには男の声を出す人がいたり、面白いことをする人がいたり、かわいい人がいたり、きれいな人がいたりする。じゃあ、それを1人で全部でやってみたら誰かが扉を開いてくれるんじゃないかって。そうしたら、本当にお客さんが入ってきてくれたんです。
ーーいわゆるショータイムもあるようなニューハーフのお店を1人で体現したと。
はるな カウンター席が7席しかないんですけど、ショータイムも1人でやりました。(松田)聖子ちゃんとか、好きなアイドルの歌真似とか。当時は声も高かったので。
ーーそこで“エアあやや”が。喉のポリープで声が出なくなったのが背景にあったと聞いています。
はるな とにかく喋りまくって盛り上げてたから、喉にポリープができちゃって。それでエアあややを始めたんですけど、エア聖子、エアミキティ、エアブリトニー(・スピアーズ)、エアJ.Lo(ジェニファー・ロペス)とか、いろいろやってましたね。
それで、さらにお客さんに来てもらえるようになって。お客さんも、そんなにテレビに出てなかった頃の森三中やいとうあさこちゃんとか。三茶って若い芸人さんや役者さんが住んでるから、いろんな芸能人の方がいっぱい来てくれましたね。
ーー“エアあやや”は、どういった部分がウケたと考えていますか。