文春オンライン

2022/08/28

後藤 それまで、アニメとゲームとラジオの収録でスケジュールはわりといっぱいいっぱいだったんですが、そこに、イベントとレコーディングと撮影が入るようになりました。

2009年、日比谷野外大音楽堂での後藤さん(後藤さんのブログより)
歌やトークだけでなく、グラビアの撮影も増えていった当時の後藤さん(後藤さんのブログより)

――アニメの収録は、どれくらい時間がかかるものでしょうか?

後藤 半日ですね。だいたい5時間キープされます。アニメ5本とラジオ6本をレギュラー収録して、ゲーム複数本を並行して収録して、週末はイベントに出演して、空いている曜日にレコーディングして、隙間時間に撮影して……。毎日、朝から夜までずっと何かの仕事をしていました。文字通り、朝から夜まで。でも私は「嬉しい」の一心でした。気持ちに引っ張られて、体も動いちゃうんです。

病院から遠のいていく足…「寝転がると溺れているように息苦しくて、座った状態じゃないと眠れない」

――相当多忙だったと思いますが、体の調子はどうでしたか?

後藤 長年かけて、確実に悪くなっていきました。でも、自分を指名してくれた作品なら、忙しくても全部受けたかった。事務所にお願いしてスケジュールのどこかにねじこんでもらっていました。自分で自分を追い詰めていったんですよね。

 定期検査でも、いろいろな数値が悪化していたのはわかっていたし、薬も増え続けました。「もしかしたら他の病気もあるかもしれないので」と、しきりに精密検査を勧められましたが、受けませんでした。

――それはどうしてですか?

 

後藤 絶対に悪い検査結果が出ると思ったからです。「まずい病気が見つかったら仕事を辞めなきゃいけなくなるかもしれない」と思ったら、見ないふりをしたかったんです。そのうち、病院にも行かなくなりました。

――その時点でも、まだ持病は事務所に隠していた?

後藤 隠していました。「やりたいことが取りあげられちゃう」と思ったら、言い出せませんでした。新人時代は400ccのバイクで事務所に通っていたくらいですから、周囲からはむしろ健康的なイメージを持たれていたと思います。

 でも、次第に足がむくんで靴が履けなくなってサンダルで仕事したり、関節の痛みが激しくなって自力で階段の上り下りができずマネージャーに肩を貸してもらったり……。あと、帯状疱疹が悪化して、着られない衣装も増えました。そんな状態が続けば、事務所側も怪しみますよね。

 そのうちに寝転がると溺れているように息苦しくて、座った状態じゃないと眠れなくなりました。

2012年当時のCT検査の様子。左が入院当初(後藤さん提供)

 ついに業を煮やしたマネージャーたちが3人がかりで説得に来ました。「一回検査を受けましょう」「仕事は続けられますから」「明日家まで迎えに行くので、そのまま病院に運びますね」と。自分で行くと言ったんですけど、それは信用されなかったですね(笑)。