『涼宮ハルヒの憂鬱』や『ひだまりスケッチ』など、2000年代の大ヒットアニメで数多くの主役キャラクターを演じた声優の後藤邑子さん。

 そんな彼女は、中学生のときに自己免疫疾患で一時余命宣告を受けていた。無事に退院後も、「自分は他人よりも人生が短いのかもしれない」という思いを抱き続けた彼女が、高校生になって出会ったのが演劇だった――。

後藤邑子さん (撮影=橋本篤/文藝春秋)

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“小森のおばちゃま”との出会い

――高校時代に演劇に出会ったそうですね。

後藤邑子さん(以下、後藤) はじめは同級生に連れられて演劇部に行きました。先輩から「後藤ちゃんうまい」「おもしろい」と褒められて、「もうちょっとやってみようかな」と続けていくうちに、のめりこんでいました。自分じゃない何者かになるという体験が、すごく快感だったんです。

 たぶん私は、文字通り「自分じゃない何か」になりたかったんだと思います。倦怠感は常にあって、生活の制限も多い、そんな自分本体を好きじゃなかった。そういう自分を全部忘れて別人になれる時間が快感でした。演じたあとは誰よりもバテてるんですけど(笑)。

――そのころから役者の道を志していたのでしょうか?

後藤 やりたい気持ちはありました。でも体育の授業も見学しなきゃいけない体で、プロの舞台をこなすのは現実的に不可能だと思っていました。治らない病気である以上、これは仕方ないこと。でもお芝居には絶対関わりたかった。どんな形でもいいから関われる方法を探していました。

 そんなあるとき映画評論家の小森和子さんが、近所の市民ホールに講演で来ることがあって。

――“小森のおばちゃま”ですね。映画評論家としてだけでなく、タレントとしても「笑っていいとも!」に出演し、全国的に有名でした。

後藤 私は映画が好きだったので、「小森のおばちゃまが来るんだ!」と喜んで講演会に行きました。そこで、小森さんのお話に、すごく感銘を受けたんです。

 あの方はすごく破天荒というか、波瀾万丈の人生だったんですよね。それで、小森さんも「やりたいと思ったことはすぐ手を着ける」とか「時間がもったいない」ということをしきりにおっしゃっていました。あんなにおっとりした雰囲気で、かなり高齢でもあったのに、話す内容はものすごく情熱的なんです。

 興奮しました。自分と似ている、でも自分よりずっと肝が座ってて、行動してる。私もそんな風になりたかったと……。講演が終わって、どうしても小森さんと話がしてみたくなった私は、講演会終了後、裏口に回ったんです。

――出待ちしたんですか?

後藤 出待ち……いやぁ、うーん、もうちょっとタチが悪くてですね……。警備員さんには「アポイント取ってあるんですけど」と嘘をついて、楽屋まで通してもらいました。