昨年、大藪春彦賞と日本推理作家協会賞長編部門を立て続けに受賞して波に乗る月村了衛の新作は、純度100%のエンターテインメントにして、著者初の女性バディものだ。

 まず主役のふたりの造形が凝っている。特殊訓練を受けたクールな元公安で現在はシングルマザーの秋来律子。ガラッパチの元ロックシンガーで今は体育教師の渋矢美晴。

 前歴と現在の落差があまりに大きいこのふたりが群馬の温泉地で、第二の金大中事件とも呼ばれる韓国要人拉致事件に巻き込まれた中学生の奪還に立ち上がることになる。文字にすると何とも荒唐無稽だが、読み出したら止まらない。

ADVERTISEMENT

 著者一流のアクション描写は、群馬の山と廃業した温泉ランドをスリリングな格闘場に変える。どこに敵が潜んでいるかわからないサスペンス。律子と敵の頭目の間にある過去の因縁。事態の収拾を図る公安。どこを切り取ってもハラハラするようにできている。

 さらに本書を魅力的にしているのは〈ギャップ〉だ。

 主人公ふたりの今と前身のギャップ。律子のプロフェッショナルな戦いと美晴の出たとこ勝負(アレをバットで打ち返すとは!)。群馬の温泉ランドと国際的謀略。母性愛と銃撃戦。コメディとアクション。いくつものあり得ない組み合わせが笑いを誘い、スリルを演出する。だから「子どもを助けるために戦う」というシンプルな筋立てにもかかわらず、読者をまったく飽きさせないのだ。

 だが不思議なことに、PTAや部活といった平和で卑近な日常と、超法規的措置を要する国際事件が隣り合わせにあるという設定は〈ギャップ〉ではなく、むしろリアルだった。今の平和は見せかけで、私たちはすれすれのところにいると無意識で感じているからだろうか。最も荒唐無稽に見えることが実は最もリアルという逆転の構図が、笑いと活劇に満ちた本書を束ねる核になっている。

 特にヒロインふたりに注目。何より我が子を守ろうとする律子と元カレに未練たらたらの美晴。そこだけみればごく身近な女性像なのに、いざ戦闘となると抜群の能力を見せるのがカッコいい。最初は「合わない」と思っていたふたりが、いつしか背中を預けあうようなバディに変化していく様子も読みどころだ。特に美晴は、有名な小説の登場人物を想起させる仕掛けになっており、読者がにやりとすること請け合い。

 ハードなアクション物は普段手に取らないという女性にもぜひお薦めしたい。痛快なヒロインにスカッとすること間違いなしだ。

つきむらりょうえ/1963年大阪府生まれ。2010年『機龍警察』でデビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で日本SF大賞受賞。13年『機龍警察 暗黒市場』で吉川英治文学新人賞受賞。15年『コルトM1851残月』で大藪春彦賞を、『土漠の花』で日本推理作家協会賞を受賞。

おおや ひろこ/1964年生まれ。書評家。著書に『脳天気にもホドがある。』『読み出したら止まらない! 女子ミステリーマストリード100』など。

ガンルージュ

月村 了衛(著)

文藝春秋
2016年2月19日 発売

購入する