「あのコにも僕を刺す理由があった」――2019年5月、歌舞伎町のガールズバーで働く女性が、好意を寄せるホスト・琉月(るな・当時20歳)さんの腹部を就寝中にめった刺しにしたのが「ホスト殺人未遂事件」である。

 生死の縁をさまよい、腹部には大きな傷跡が残ったにもかかわらず、なぜ琉月さんは加害者女性を恨まなかったのか? フリーランス記者の宇都宮直子氏の新刊『ホス狂い〜歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る〜』より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目/#2#3を読む)

生死の縁をさまよったホストは加害者女性に何を思ったのか? 写真はイメージです ©iStock.com

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「客に刺されたホスト」琉月さん

「意識を取り戻すまで5日間かかりました。医療が進歩していたから回復したものの、助かる確率は2割程度だったそうです。最初は声が出なくて話すこともできず、寝たきりだったから、しばらくはひとりで歩けなかったし、事件があってから食べられなくてかなり痩せてしまって……刺されたときのことを思い出したり、これからどうするかを考えたりすると不安と恐怖で眠れなくなってしまい、カウンセリングにもかかっていました」

 今回の件で取材を受けることが初めてだからだろうか。まだ刺されて生死をさまよってから間もない万全ではない体調ということもあってか、琉月さんは、言葉がうまく出てこなかったり、途中で考え込んだりすることが多かった。

 刺された時のことを聞くと、一呼吸おいて、「とにかく、すごく、すごく、痛かった」という。「痛い」「苦しい」というフィジカルなこと、「怖かった」という根源的な感情に関してはすぐに言葉が出てくるのだが、もっと細かい、琉月さんが当時彼女に対して「どういう気持ち」で、「どう接し」、「それはなぜだったのか」、そして、彼女について、「どういう出来事があり」、「その結果気持ちがどう変わっていったのか」など、話が細かい感情の機微に及んでくると、とたんに、返答につまるようになり、「うーん……」と黙って、「それは、どういうことですか?」と聞き返してきたりする。

「すごく怖い思いをしたから、事件直後はホストを辞めようと思っていました。だけど自分には、ここしか戻る場所がなかった」と琉月さんは明かし、話は、これまでの自らの半生に及んだ。

「親がいなくて施設で育って、7人いる兄弟とも音信不通だから、この店の先輩たちが初めてできた家族みたいな感じだったんです」