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「1手ごとにちらっと相手をにらむんですね。羽生さんに似ているなと」10歳の里見香奈と師匠・森九段 “男の子で埋め尽くされた会場”での出会い

「1手ごとにちらっと相手をにらむんですね。羽生さんに似ているなと」10歳の里見香奈と師匠・森九段 “男の子で埋め尽くされた会場”での出会い

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2022/08/18
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 将棋界を舞台としたNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』の放送が開始されたのは、1996年のことである。

 ヒロイン姉妹の妹、女性初の棋士を目指した「香子」は奨励会に入会。やがて棋士になる夢を実現するが、大きな反響を呼んだ四半世紀前のテレビドラマはいま、現実の物語となってネット中継の視聴者を釘づけにしている。

「私が初めて里見香奈と出会ったのはちょうど20年前、2002年7月13日のことでした」

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 里見香奈女流五冠(30)の師匠、森けい二九段(76)が語る。(全2回の2回目。#1から読む)

2012年、奨励会初段に昇段したときの里見さん ©時事通信社

「翌日に公式戦の日本シリーズ(JT杯)広島大会があり、私は解説の仕事で広島入りしていました。この日は恒例のこども将棋大会が開かれ、私は審判長として会場に詰めていたのです」

 小学生以下の将棋大会としては全国最大規模で知られる「テーブルマークこども大会」。会場を回っていた森九段は、男の子で埋め尽くされた会場で、小さな女の子がひとり将棋盤に向かっているのを目にとめた。

「彼女は歯を食いしばって泣かない。その表情が非常に印象に残りました」

「指し手を見ていたのですが、かなり強い。当時でアマチュア2級くらいはありましたね。地方の女の子でそこまで上達しているのは珍しい。1手指すごとにちらっと相手をにらむんですね。羽生さんにちょっと似ているなと思いました」

 この日、ベスト4まで勝ち進んだ少女の名前は「里見香奈」といった。当時10歳、小学5年生だった。

「腕自慢の子がこうした大会の準決勝や決勝で負けると、普通は悔しくて泣き出してしまうものです。ところが、表彰式でも彼女は歯を食いしばって泣かない。その表情が非常に印象に残りましたね」

 その日の夜、JT杯公式戦(青野照市九段vs.島朗八段、島氏は現在は九段)の前夜祭が開かれた。子ども大会の入賞者とその家族は前夜祭に招待されており、そこで森九段は里見香奈の父、彰さんと立ち話を交わす機会があった。

「香奈ちゃんの将棋は見どころがあると思いますよ。これから真剣に取り組めば、女流棋士になるのも夢じゃないと思います」

森けい二九段 ©弦巻勝

 森九段が称賛すると、島根県のアマチュア強豪として知られる父の彰さんも嬉しそうな表情を見せた。聞けば、里見香奈が将棋を覚えたのは5歳の時。兄が熱中していた将棋を見て、自然と興味を持つようになったという。

 広島での出会いから1年後、将棋連盟の職員から森九段に連絡があった。

「サトミという女の子が弟子になりたいと言っています、と。一瞬誰だろうと思いましたが、お父さんからも電話をいただいて広島で将棋を指していた女の子のことを思い出しました。島根県の出雲市にお住まいということで、大阪の関西将棋会館で会うことになりました」