「弟子の里見香奈にメールを送ったのは6月上旬のことでした」

 そう語るのは、18日に始まった棋士編入試験「5番勝負」で、史上初の女性棋士を目指している里見香奈・女流五冠(30)の師匠・森けい二九段(76)である。

森けい二九段 ©弦巻勝

 森九段はタイトル獲得2期(棋聖、王位)、順位戦A級在籍10期の実績を持ち、2017年に現役を引退。現在は故郷の高知県に軸足を置き、アマチュア向けの普及活動を続けている。(全2回の1回目)

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 そして弟子の里見五冠は5月27日、棋王戦コナミグループ杯予選決勝で古森悠太五段(26)に勝ち、公式戦の直近成績を10勝4敗としたことで棋士編入試験の受験資格(10勝以上かつ6割5分以上の勝率)を獲得した。

「里見は編入試験を受けるか」――その決断に大きな注目が集まるなか、森九段は「どうも本人は試験を受けない意向のようだ」という棋界関係者の憶測を耳にしたという。

 森九段にとって里見は弟子ではあるが、女流のタイトルを獲得するようになってからは「もう将棋のことで教えることは何もない」とあえて距離を置いてきた。しかし人生の岐路に直面した弟子に対し、どうしても伝えたい思いがあった。

「編入試験を受けるかどうかまだ決めていないのであれば、私としては受けて欲しい、チャレンジするべきだという考えをメールで伝えました。その後、すぐに本人から返信がありまして『まだ迷っています。ぎりぎりまで考えて結論を出したいと思っています』という内容でした」

「自分なりにずいぶん考えたのですが、今回、試験を受けたいと思います」

 すでに女流棋界の第一人者として活躍している里見だが、「棋士」(性別問わず)と「女流棋士」(女性のみ)は別制度で認定されており、立場も異なる。里見はかつて棋士養成機関である奨励会に在籍し、プロ(四段)の一歩手前となる三段リーグまで駒を進めたが、年齢制限のため2018年に退会を余儀なくされた。

 正規ルートで棋士になる夢をいちどは断念したものの、編入試験の受験資格を得たことで、再び里見にチャンスが巡ってきたことになる。若手棋士5人との対局で3勝し「合格」となれば、史上初の「女性棋士」誕生となる。

 果たして権利を行使するのか、しないのか――。

里見香奈女流五冠 ©時事通信社 

 里見から森九段に電話が入ったのは、編入試験の申請期限(資格獲得から1カ月以内)を目前に控えた6月25日のことだった。

「自分なりにずいぶん考えたのですが、今回、試験を受けたいと思います。よろしくお願いします」

 前日の24日に里見はヒューリック杯棋聖戦の予選で男性棋士(浦野真彦八段、出口若武六段)と2局指し、連勝していた。ベテランの浦野八段戦では、秒読みとなった終盤に鮮やかな27手詰を発見して快勝。勢いそのままに、出口六段にも逆転で勝利した。

 27歳の出口六段は今年8大タイトルの一角である叡王戦に挑戦者として登場し、藤井聡太五冠と5番勝負を戦った若手実力者である(結果は敗退)。この時点で、里見は男性棋士を相手に7連勝していた。