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 翌年4月からの新年度が、シーズンを通しての初の参戦となった。この年、大橋は蓄積されていた力を開花させる。46勝12敗、勝率7割9分3厘。例年なら新人にして最多勝と最高勝率に輝いてもおかしくなかった。特に勝率は歴代でも上位に名を連ねる高い数値である。

 だが、この成績がクローズアップされることはなかった。同期にデビューした史上最年少棋士が、その全てを上回ったのである。メディアは彼を、藤井聡太だけを追いかけた。

 今さら聞くことでもないと思ったが、やはり大橋の気持ちを知りたかった。

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 藤井と同期デビューだったことを、不遇だと思ったことはなかったのか?

 大橋が感情を露わにすることはない。

 

「ああ、そうなんですよね……。そうそう、僕も結構勝ちましたよね。今になって振り返ると」

 記憶を遡るように宙を見つめた後、こう続けた。

「その時は、藤井さんが1位でいてくれたことが、逆によかったのかと思って。自分に満足しなかったんですよ。もしいなかったら、これくらいやれればいいと、部分的に満足する気持ちが生じたと思う。でも勝率7割9分を超えたら凄いとか、それまでの常識が全然関係ないことを教えてくれた。年齢に関係なく、なんでもできることを示してくれた。藤井さんによって、私の思考法は広がったのです」

 取材中、大橋は「全てが自分次第」と口にした。他人と比較することなく、己のペースで歩み続ける。これからの活躍も、追い求める理想も、自分の努力次第だと。

 この翌年、大橋は加古川青流戦と上州YAMADA杯で優勝し、前年の藤井に続いて将棋大賞の新人賞を受賞している。

 

もし初戦で大橋が勝っていたら

 大橋と藤井がプロ入り後に最初に対戦したのは、互いにデビューから約5ヶ月後の2017年3月10日、新人王戦だった。この対局は藤井にとって29連勝の8戦目になるが、当時は先に行われていたNHK杯予選での3勝が公表されていなかったため、5戦目とされていた。まだ連勝は注目されておらず、アベマTVの中継も入っていなかった。『将棋世界』誌でも小さく触れられただけだったが、そこには「藤井はデビュー以来、最大のピンチだった」と書かれている。

 当日関西将棋会館棋士室のモニターで観戦していた服部慎一郎(当時奨励会二段)に話を聞くと、即答した。

「あの将棋は大橋さんが勝ちそうだった。でも藤井さんが8四角と捨てた手が衝撃だった」

 上手く指せていると大橋は感じていた。だが勝負手に対して、藤井が放った返し技が鮮烈だった。相手の香車の効く場所に「取ってこい」とばかりに、角をただで差し出したのだ。