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藤井聡太竜王に3連勝、“同期デビュー”大橋貴洸六段は「藤井さんがいてくれたことで、自分に満足しなかった」

大橋貴洸六段インタビュー #1

2022/09/07

 2022年5月6日。

 午前6時半、いつもより早めにセットしたアラームが鳴った。カーテンを開けて朝の光を部屋に取り込むと、大橋貴洸はベランダに出た。遠く空を眺めながら、風や温度を肌に感じた。

 対局に向かう朝は、ゆっくりと時間を過ごす。朝食はパンやコーヒーなどを軽めに、それとチョコレートを一片食べた。それから、その日のフィーリングで着ていく服を決める。奨励会時代からスーツにこだわったのは、対局に向かう自分の気持ちを大切にしたいから。この日はグレーのジャケットと淡いピンクのスラックスをえらんだ。鮮やかな色は電車の中で視線を感じることもあるが、気にならない。

 大橋貴洸六段

最後まで藤井が諦めたと感じた瞬間はなかった

 この日を楽しみにしていた。王座戦挑戦者決定トーナメント1回戦。対戦相手の藤井聡太五冠とは2年ぶりの対戦になる。前回は王座戦の2次予選決勝で対戦した。その時、藤井は初めてのタイトル戦で渡辺明棋聖(当時)に挑んでいた。大橋が勝って本戦出場を果たし、藤井との戦績を2連敗後に3連勝とする。対戦相手として特に意識している部分はあるのだろうか。

「藤井さんの対局はいつも観ています。精度が高く圧倒的なものばかりですので、興味深い。でも実際に対局しないとわからないことが多いので、指したいという気持ちは常にあります」

 大橋の通算勝率は7割を超え、200局以上対局している棋士の中では藤井に次ぐ数値を残している。今期はこの対局まで11勝2敗で、王座戦に続いて竜王戦、棋王戦でも本戦トーナメント入りを果たした。

 関西将棋会館・水無瀬の間。藤井と盤を挟んだ者が体感するのは、将棋に没頭する凄まじさだという。それが自然と対戦相手にプレッシャーを与えるのだが、この日大橋は自分が緊張することなく、落ち着いているのを感じていた。

 中盤、大橋は模様がよくなったかと感じたが、藤井の見えにくい手によって難しい局面へと導かれていく。容易に崩れないトップ棋士の技術が立ち塞がる。

 対局開始から11時間を過ぎた頃、局面は大橋優勢へと傾いていく。だが藤井は先に秒読みになりながらも、引き離されることなく逆転へのチャンスを狙う。

 互いに持ち時間を使い切った最終盤、1分将棋の中で大橋の集中力は極限まで高まっていた。自分の感覚を信じて指し続ける。21時49分、藤井が投了した。

「形勢はずっと難しかったですが、112手目あたりで勝ちがありそうと感じました。でも、最後まで藤井さんが諦めることはなかった。粘りがすごかったです」

 感想戦で気になることを互いに聞き合うと、形勢判断に違いがあることに気づいた。帰宅後、局面をさらに調べると難しい変化が多くあり、検討を終えたときは午前3時になっていた。

 大橋は藤井に4連勝を記録し、週刊誌に『藤井キラーはピンクのパンツ』の文字が踊った。

 続く2回戦では千田翔太七段、準決勝では石井健太郎六段に勝利し、自身初となる挑戦者決定戦へと進んだ。