福永医師も、腹腔鏡下手術にこだわっているわけではない。手術の技術ばかりでなく、「がん治療に精通している医師に手術を受けたい」と福永医師は言う。
「たとえば、リンパ節をどこまで郭清(かくせい)するか、がんの進行度に応じた範囲がガイドラインで示されています。しかし実際の手術では、『このタイプは悪性度が高いから、より広い範囲を切除しておこう』といった、細かい調整が必要です。そうしたノウハウは、医師の経験に基づくものでしょう」
どちらを選択するにしても、自分が執刀した手術の症例数や合併症率などの成績を言える医師のもとで治療を受けることが大切だと福永医師は強調する。
ところで、手術で治すのが難しい場合は、どうすべきなのか。10年ほど前まで、胃がんは再発・転移すると、ほとんど手の打ちようがなかった。しかし、日本で開発された「TS-1」という飲み薬が99年に承認され、状況が変わった。がん細胞が持っているHER2という分子が陽性の患者に限り使える「ハーセプチン」という分子標的薬も、11年から進行・再発胃がんに保険適用となった。
福永医師が「信頼している」と話す国立がん研究センター中央病院消化管内科長の朴成和医師が、20年以上前の研修医時代を振り返る。
「むかしはいい吐き気止めがなく、患者さんはゲーゲー苦しんで大変でした。それでも、抗がん剤で半年時間ができればよしとする時代でした。ところが、TS-1などの新薬が出て、1年を超えて延命する人が増えました。さらにハーセプチンが使えれば、15カ月前後の時間も期待できるようになりました」
延命期間が倍になったと評価するか、半年ちょっと延びただけと評価するかは、その人の価値観によって違うだろう。しかし朴医師はこう言う。
「元気に動ける時間が6カ月か1年かでは、まったく違うと思います。それだけの時間があれば、やり残したことをしたり、身辺整理をしたりすることもできるでしょう。やってみなければわからないのに、端(はな)から抗がん剤を受け付けないのはもったいない。わたしなら、命の長さを基準に治療を決めると思います」
■理想の治療のための5つのポイント
(1)ピロリ菌陽性、胃の粘膜の萎縮が進んでいる人は、定期的に内視鏡検査を
(2)粘膜にとどまる早期がんはESDで胃を温存。ただし診断が大事
(3)腹腔鏡下手術を受ける場合は、経験数の多い定評ある病院で
(4)開腹、腹腔鏡にかかわらず、胃の機能温存を考えた手術を
(5)再発・進行がんの場合は、副作用を怖がらず薬物療法で延命を