腫瘍の範囲の診断が甘いために、再発するケースもあると指摘されている。小山医師はESDを受けるなら、治療だけでなく、診断にも長けた内視鏡医に身をゆだねたいと話す。
「自分が受けるとなったら、診断は自分でしたいですね。内視鏡を口から入れてもらった後、自分でモニターを見て、切り取る範囲を指示させてもらいます。それから、麻酔をかけてもらい、あとはまかせます」
腫瘍が粘膜より深い層に潜り込んでいた場合は、切除手術をする方がいい場合もある。その際、選択肢が二つある。「開腹手術」と「腹腔鏡下手術」だ。
後者は、おなかに4、5カ所小さな穴を開け、そこから細長い専用のカメラや器具を挿入する。そして、モニターに映る体内の画像を見ながら、器具を操作して手術する方法だ。従来に比べて傷跡が小さく、回復が早いことから、この手術を採り入れる病院が増えた。
「心臓や肺に持病のある高齢患者が増えていることを考えると、メリットは大きいと思います」
そう話すのは、順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科教授で、この手術の名手と言われる福永哲医師だ。
「先日も、他院で『肺機能が悪く、手術できない』と言われた患者さんが来られましたが、問題なく手術できました。術後に傷が痛むと咳ができず、痰を出せないので、肺炎になることがあるのですが、この手術なら痛みが少なく、咳がしやすい。このような人には、明らかに向いています」
それ以上に、精密な手術ができるメリットが大きいと福永医師は強調する。
「高精細の拡大像を見ることができるので、肉眼では気づかなかった小さな血管や神経までクリアに見ることができます。かつては何も考えずに切っていたところも、これらの血管や神経の存在を知ると、慎重におこなうようになります」
しかし、こうしたメリットがあるにもかかわらず、前出の笹子医師は、「胃全摘が必要ながんや進行がんになったら、絶対に腹腔鏡下手術は受けない」と断言する。なぜか。
「腹腔鏡のほうが、術後数日の痛みは小さいかもしれませんが、1~2カ月すると、開腹手術と差はなくなります。わたしの患者さんで、50歳代の女性は、術後約3カ月でトライアスロンを完走されました。開腹手術でも、それぐらい元気になるのです」
傷の大小よりも、もっと大切なことがあると笹子医師は強調する。
「それは、胃の機能を残すことです。ダンピング症候群を防止するために、胃の出口の機能を残す『幽門保存胃切除術』という術式があります。これをしなければ、トライアスロンは無理だったでしょう。この手術は、非常に細かい神経や血管を残しつつ、きれいにリンパ節を取り切らねばなりません。腹腔鏡下手術では、卵の薄皮をむくような繊細な膜の剥離はできません。ですから、転移のある患者さんが同じように治る保証はまったくありません」