先日、ガラガラのバスに生後4ヶ月の娘とベビーカーと共に乗車していたら、見知らぬ男性に突然「邪魔だから畳め」と怒鳴られ、ベビーカーを蹴られた。私と同じような経験のある母親は決して少なくない。彼の行動に憤る一方、男性をこの行動に駆り立てたものは一体なんだろうとも思った。彼の怒りは、彼と私を隔てる“見えない壁”に向かっている気がした。
そんな、子供を持つもの、持たないものの分断を描いたのが『見つけたいのは、光。』だ。
派遣で勤める会社に妊娠を告げたところ雇い止めに遭い、子育てに追われる疲れた女性・亜希と、職場では妊娠出産する同僚たちの尻拭いに追われ、家ではモラハラ夫の言動に苦しむキャリアウーマンの茗子(めいこ)。亜希は復職を渇望するが非正規雇用に冷たい社会の仕組みからそれが叶わず、茗子は周囲に負担を強いる子連れ女性への憎悪を燻(くすぶ)らせ、人生を摩耗している。
異なる苦境に立たされている二人だが、共通項は見ず知らずの女性が運営する子育てブログの熱心な読者だということ。ブログオーナーの〈ヒカリ〉の突飛な行動が発端となり、それぞれの人生が思わぬ場所で交差する。
政府は女性活躍と男女平等を表面上は推進するが、労働現場や生活の場における子育てと仕事の両立の仕組みは驚くほど改善しない。24時間の託児所や病児保育がこんなにも少ない時点で本気で仕事復帰を促進する気があるのかと問いたいし、効率的なワークシェアリングも進んでいない。建前は女性のキャリアを推進すると言いながら、本音では女性個人の負担を一層重くすることで上手く回せよと迫られている状況だ。この二つの間ですり潰されて摩耗する女性のなんと多いことか。亜希の感じる子育ての難しさや、社会から取り残される孤独、はたまた茗子の子供のいる女性ばかりが優遇されるというルサンチマンや、夫の理解のなさに対する傷つき。どちらも身に覚えのある女性は多いだろう。
その二人が対話するまでの息をもつかせぬストーリーの運びは見事だ。変化し続ける感情の描写がストップモーションのようにつぶさであるが故に、各々の心の澱が氷解するシーンは読者にカタルシスをもたらす。しかし、現実には〈ヒカリ〉のように、ヒーローのごとく都合よく現れて二人を救ってくれる存在はいないし、ひとときの対話によって蟠(わだかま)りが氷解することも稀だ。現実に横たわるのはあまりに大きすぎる分断、それを解くのは、本作で描かれるような鮮やかな対話ではなく、個々人が繰り返して初めて実を結ぶ、賽の河原に石を積むような地道で根気のいるやり取りだろう。数限りない会話の中から分かりあうための糸口をつかみ出すしかない。痛快な一方、その事もまた浮かび上がらせる作品であった。
あすかいちさ/1979年生まれ、愛知県出身。2005年「はるがいったら」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。11年に上梓した『タイニー・タイニー・ハッピー』がベストセラーとなり注目を集めた。他の著書に『そのバケツでは水がくめない』など。
おのみゆき/1985年、東京都生まれ。作家。著書に『ひかりのりゅう』『傷口から人生。』『メゾン刻の湯』『ピュア』など。