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密かに作られていたミュージックビデオ
一方で、戦争が長期化してくれば、その意志を持ち続けるための「しかけ」を必要としてしまうこともある。いくらゼレンスキーを英雄視する気持ちはなく、ロシアの侵略を食い止めたいと純粋に個々人が思っていても、戦時下という極限状態で自分の意志を貫くのは大変なことだし、仲間と共有できる何かがほしくなる。
この問題を考えるため、ウクライナで見た2つの「流行」を紹介したい。
今年5月、ヨーロッパ最大の音楽祭「ユーロビジョン」が開催された。毎年、国別の対抗戦を行なっており、今年はウクライナのカルシュ・オーケストラ(Kalush Orchestra)が優勝した。
「ステファニア」という曲を披露し、ヒップホップと民族音楽を融合させた調べで、年老いていく母親について歌っている。
ウクライナ国内は優勝に歓喜したが、興味深いのはその翌日に公開されたミュージックビデオである。
ブチャやイルピン、ボロジャンカなどロシア軍に占領や攻撃をされ、その後解放されたばかりのウクライナの街で撮影されているのだ。爆撃でボロボロになった建物の前で、迷彩服を着た母親役の女性が離れ離れだった子どもを見つけ出し、家族に預け、そして1人で前線へと旅立っていくストーリーが描かれている。
カルシュ・オーケストラも、本物の燃えた残骸と煤だらけの部屋を背景に歌っている。戦場の生々しさと映画のような雰囲気を持ち合わせたクオリティーの高い映像だ。おそらくこのミュージックビデオは、ユーロビジョンでの反響や優勝の可能性を予想して4月下旬に撮影され、5月の優勝決定という最高のタイミングで公開されたのだろう。