「山口組広しといえど、天野ほど殺されかけた男もいるまい——。」
1963年から1975年まで3代目山口組の最高幹部にあたる若頭補佐を務め、「伝説のヤクザ」としてその名を轟かせた、“ボンノ”のこと菅谷政雄氏。その菅谷氏の護衛を務め、“爆弾”として恐れられたのが、6代目山口組の直参だった天野組の天野洋志穂組長だ。
ここでは、ノンフィクション作家の山平重樹氏が、天野洋志穂組長の半生を綴ったノンフィクションノベル『爆弾と呼ばれた極道 ボンノ外伝 破天荒一代・天野洋志穂』(徳間書店)から一部を抜粋。天野氏がある女性と出会い、結婚して、上京を決意するまでのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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長居駅近くの喫茶店で6歳年下の女性・克子と出会う
昭和44年3月、20代最後となる年に、天野は1人の女性と巡りあった。
長谷川克子という6歳年下の23歳、京都出身の女だった。
御堂筋線の長居駅(大阪市住吉区長居)近くにある「ロータス」という喫茶店で、その姿を見たのが始まりであった。
天野がその喫茶店に1人でブラッと立ち寄ったのは、たまたま近くの知人宅に用事で行った帰りだった。
誰かと待ちあわせていたわけでもなく、夕方のほんのひとときを過ごそうとして、なんとなしに選んだ店であった。
店の奥の席に腰をおろし、フッとまわりを見わたすと、近くに座る1人の女が目についた。若い女性だけの3人グループの1人であったが、彼女しか目に入らなかったのは、ひと際きれいだったからだ。
それが克子との出会いであった。
〈おお、ええ女やなあ〉
御多分に漏れず、天野の第一印象もまた、他の大方の男たちと同様のものだった。
天野が少なからずびっくりしたのは、そのとき彼女たちが行っているゲームの正体を知ったときであった。