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履歴書の書けない大学生、面接の受け答えのできない高校生…“国語力の弱さ”が招く「生きづらさ」

特別対談・石井光太×伊藤氏貴

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 読書, 教育, SDGs

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伊藤 もう一つ、『ルポ 誰が国語力を殺すのか』で紹介されていた哲学対話の授業も非常に興味深く感じました。じつはかつて私が通っていた高校では、校長先生が哲学の先生で、総合の時間に「一緒にモノを考える」っていう授業をしておられました。話題もその都度自分たちで決めて、ただ「考えて、話す」だけの時間があった。そういう答えが出ない問いをめぐる対話って、どうせ答えがでないなら、無駄じゃないかと思われがち。

 でも、そのなかで、相手に伝えるための言葉について考えることは、実は自分自身を知ることに繋がってくるんですね。高校生直木賞における私のひとつの目論見は、自分の考えをどうやって人に説得力ある言葉で伝えられるのか?にあります。ある作品が面白かったら「じゃあ、どこがどう面白いのか」を生徒たちがどんどん掘り下げていくきっかけにしたいんです。

©iStock.com

石井 高校生が主体的に小説を読み込んで自分たちで直木賞を選出するって、素晴らしい試みですよね(笑)。

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「生きやすい自分」をつくるために求められること、それは…

 哲学対話に関していうと、これはいろいろな人種や階級の入り乱れるアメリカ社会で、異なる思考を持った人たちとどう共生するかという切実な問いから生まれた教育法です。他者の考えをじっくり聞くと、「こんな別の目線があるんだ」「当事者はこんな感じ方をするんだ」と、初めて得られる気づきがたくさんあります。

 自分の思い込みが壊され、視点が多様化していく。僕がノンフィクションをやっている理由もそこにあって、最初にこうだろうと思っていた固定観念は、取材のたびに裏切られます。実際に会って、話を聞くと必ず新しい発見があるんですね。

 若い人たちにはそういう他者と向き合ったとき面白さをどんどん発見してほしいし、そこから、互いに分かり合うためにどう建設的な話をしていくか、自分のなかの言葉を探ってほしい。それは困難な状況に直面したときに、言葉でもって状況を打開できる「生きやすい自分」をつくることに必ず繋がってきますから。

伊藤 まさにおっしゃる通りで、言葉は他者と出会って更新し続けていくものです。本を読むのも、自分の考えが壊されたときの快感があります。新しい本はもちろん、同じ本を繰り返し読むなかでも発見がある。

石井 学生たちにはそうやって自分のなかで発見し、育まれた言葉をどんどんリアルな体験のなかで膨らませていってほしいと思っています。自分の経験と言葉が結びつき、思考がどんどん広がっていく快感は、生きる楽しさそのものですから。

伊藤 今日は刺激的なお話をありがとうございました。

プロフィール

石井光太(いしい・こうた)

 1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『絶対貧困 世界リアル貧困学講義』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』で新潮ドキュメント賞を受賞。
 

伊藤氏貴(いとう・うじたか) 

 1968年生まれ。文芸評論家、明治大学文学部教授。麻布中学校・高等学校卒業後、早稲田大学第一文学部を経て日本大学大学院藝術学研究科修了。博士(藝術学)。2002年「他者の在処」で群像新人文学賞(評論部門)受賞。主な著書に『告白の文学』『奇跡の教室』『美の日本』『国語読解力「奇跡のドリル」小学校1・2年』、翻訳に『ジョージ・セル ―音楽の生涯―』など。専攻分野(研究分野)は文芸メディアおよび現代における文藝思潮。第1回目から高校生直木賞実行委員会代表を務めている。

ルポ 誰が国語力を殺すのか

石井 光太

文藝春秋

2022年7月27日 発売

 

ルポ 誰が国語力を殺すのか (文春e-book)

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石井 光太

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