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《「渋谷ホームレス殺人」から2年》キャリーケースを抱え、バス停のベンチで夜を明かし…女性を孤立させた“社会の空気”の責任は

板谷由夏(俳優)――クローズアップ

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《子供の頃からずっと何かに対して怒っていた気がする》。映画監督の高橋伴明は、そう自身を振り返っている。だが連合赤軍事件を題材にした『光の雨』(2001)の製作後、“怒りを封印する忍辱行(にんにくぎょう)に勤めることにした”という。

 それから20年。世のありさまを前に強く湧き上がるものがあったのだろう。最新作公開にあたり、こう声明した。

《監督デビューから50年、何のヒネリもなく、そのままに「怒り」を吐露しても、もういいのではないだろうか》――。

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 10月8日より全国順次公開される映画『夜明けまでバス停で』は、監督のそういう感情から生まれた。モチーフになったのは2020年11月、東京・渋谷区内のバス停ベンチで夜を明かしていた路上生活者の女性が、近くに住む40代の男に撲殺された事件だ。

 主人公の北林三知子を板谷由夏さんが演じる。

板谷由夏さん

「『光の雨』に参加させていただいたときから、いつか伴明さんと、もう一度仕事ができるまで俳優を続けていたい、という気持ちがありました。なので今回声をかけていただけたことがとても嬉しかったです。“俺は世の中に言いたいことがある。だからこの映画を撮る。板谷、やってくれないか”と。伴明さんからそう言われたらついて行くしかないと思いました」

 三知子は自作のアクセサリーをアトリエで売りながら焼き鳥屋で住み込みのバイトをしていた。しかしコロナ禍で生活は一変し、仕事と住まいを失ってしまう。三知子は炊き出しや生活困窮者向け支援に頼ることなく、終バス後の、わずかな灯りがともる停留所に流れ着く。

「生活に必要なすべてを詰め込んだキャリーケースを脇に抱え、ベンチで朝を待つ。その撮影に臨んだとき、とても孤独な気持ちになりました。同時にやけくそな感情も押し寄せてきました。三知子は“こうなったのは自分のせい”と自分を責めてしまう。でもみんなと同じように、普通に生きていただけなんです」

 ホームレスになった三知子は様々な人間と出会う。安保闘争に参加したバクダンと呼ばれる男(柄本明)。バブルを謳歌した派手ないでたちの老女(根岸季衣)。皆、それぞれ社会の底で生きていた。

「仕事を失くし、新たな職に就けない中高年が社会で孤立していく。世の中には、自己責任だから仕方ない、と切り離す空気が漂っていますが、これは決して他人事ではなく自分にも起こり得ることかもしれません。政治や社会はそこに目を向けるべきだ、監督はそういったことに怒っているように思いました」

 板谷さんは俳優として20年以上キャリアを重ねてきた。

「俳優を続けてきましたが、ホームレスを演じることは想像しませんでした。でも、自分の体を通して表現できるならやらなければいけないと思いました。いろんな役を演じていると、その役から教えてもらうことがあります。三知子さんも私に何かを教えてくれる気がするんです。私たちはいまこういう時代を生きている、そう強く感じています」

いたやゆか/1975年、福岡県生まれ。1999年、映画『avec mon mari』で俳優デビュー。同年、『パーフェクトラブ!』でテレビドラマに初出演し、以後、数多くのドラマ、映画作品に参加する。本作は、2005年公開の『欲望』以来17年ぶりの主演映画となる。

INFORMATION

映画『夜明けまでバス停で』
https://yoakemademovie.com/

《「渋谷ホームレス殺人」から2年》キャリーケースを抱え、バス停のベンチで夜を明かし…女性を孤立させた“社会の空気”の責任は

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