〈旦那だけカミナリ直撃良い意味で〉〈排水溝旦那の歯ブラシお借りします〉
「旦那デスノート」と名付けられたウェブサイトがある。日々積もる旦那への不満を書き込むための掲示板で、なかには怨嗟を川柳にしてコミカルに詠んだものもあるのだが、もしそこで妻らしき人物の投稿を見つけてしまったら……。
9月23日より全国公開される映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』は、「旦那デスノート」に怒りをぶちまける妻と書き込みに気づいた夫が、ぶつかりながら夫婦になっていく、少しブラックで、でも笑えて泣ける物語。市井昌秀監督は夫婦の「あるある」を脚本にたっぷり詰め込んだ。
「夫婦には何年一緒に暮らしても、何でもない一言やしぐさで“他人”に思えてしまう瞬間がありますよね。僕も結婚して15年ですが、お互い、“そんなこと考えていたのか”という場面に遭遇することは今でもあります」
主人公の夫婦は結婚4年目。鈍感夫の田村裕次郎を香取慎吾、腹に怒りを溜めこむ妻・日和を岸井ゆきのが演じる。
「14年前、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリをいただいたとき、審査員だったのが香取さんです。その時からいつか一緒に映画を撮りたいと思っていました。香取さんというとキャラクター物のイメージが強かったのですが、僕が演じてほしかったのは平凡な男でした。岸井さんはわずかに変えた表情でも気持ちが伝わる、とても映画的な俳優さんで、やはりずっとご一緒したかったんです」
そしてもう1匹、モリフクロウのチャーリーが家族としてふたりの生活を、大きな瞳でじっ……と見つめ続ける。
「チャーリーは、その時々のふたりの関係を見事に表情で伝えてくれました。(Amazonの)アレクサのように、話しかけると応えてくれる家電がありますがそこに特別な感情が生まれることはありません。でもチャーリーは、ものは言わないけれど不思議と人の気持ちを動かしてくれる。心という有機的なもので向き合うからでしょうか。それは、夫婦の関係においても当てはまると思います」
どこにでもあるのに、物語になってしまう夫婦という関係。この面白さは何なのだろうか。
「僕もそれを考えました。かたちはそれぞれ違うと思うので自分たちの姿を参考にするしかないのですが、多様さにこそ面白さがあるのかもしれません。実は今回ほど脚本、撮影、編集のすべてで悩んだ作品はありませんでした。編集のカット尻をどこにするか、そのわずかな違いでふたりの見え方が変わってしまう。そういう場面が一つや二つではなく、とても時間がかかりました。当分夫婦の映画を撮りたくないくらいです(笑)」
ちなみに冒頭の「旦那デスノート」は、「だんなDEATH NOTE」という実在するサイトがモデルになっている。会員数1万人超、月間利用者数は18万人にのぼる。夫婦のかたちが数多あるように、書き込まれた不満には、ひとつとして同じものがないことを知ることができる。
いちいまさひで/1976年富山県生まれ。劇団東京乾電池を経てENBUゼミナールに入学し映画製作を学ぶ。2004年の卒業後に製作した長編作品が映画祭の賞を受賞。08年、『無防備』でぴあフィルムフェスティバルのグランプリ受賞。草彅剛主演の『台風家族』(19)でも監督・脚本を務めた。
INFORMATION
映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』
https://inu-charlie.jp/