文藝春秋2022年11月号より、ジャーナリスト・鷲田康氏による「村上宗隆 三冠への原点を見た」の一部を掲載します。

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 東京ヤクルトスワローズのGMを務める小川淳司は、村上宗隆の涙を一度だけ見たことがある。村上がプロ2年目、小川がヤクルト監督だった2019年のシーズン終盤を迎えた9月の広島遠征のときだった。

 この年、村上は開幕から一軍スタートで36本塁打をマーク。規格外のホームラン打者として、覚醒したと言われた。しかしその一方で、まだまだプロ野球選手としての課題も多く三振数は実に184を数えた。守備面でも捕球、スローイングともに一軍レベルにはほど遠く、失策数も15と多かった。

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56号本塁打を放ち、試合終了後に記念撮影するヤクルトの村上宗隆

 そんな2年目の村上を徹底的に鍛えたのが、ヘッドコーチだった宮本慎也と打撃担当の石井琢朗、2人のコーチである。

 特に課題の多い守備を中心に指導した宮本は、名将・野村克也の下で鍛え上げられたこともあり、技術だけではなく精神面や立ち居振る舞いも含め、一切の妥協を許さない厳しい指導で知られる鬼コーチだった。

 広島戦後、村上は2人にコーチ室に呼び出されて懇々と説教されることになった。監督として同席した小川は記憶を呼び起こす。

 

「試合中のミスとか、そういう話ではありません。練習への向き合い方ですね。これからチームを背負って立つ人間にとって、練習での姿勢は大事だと……要はそういう話ですよ。シーズンも終盤に入り、きちんと伝えなければいけないと、2人からかなり厳しく注意された。その説教を受けながら村上は泣いていました」

 その涙は、おそらく厳しく叱責されたことへの悔し涙だと小川は解釈した。ただ、その反発心こそが、村上のエネルギーになっている。あの悔し涙が、その後の成長の糧になったとも語る。

「村上はそこで“なにくそ”と思える。そういう負けず嫌いな部分がすごいんですよ。ただ反発するだけじゃない。そこで反発した分だけ、それならと課題を自分で考えて克服する。その精神力というか、自己啓発力ですね。その部分が本当にすごいなって思います」

 村上の自己啓発力を小川が初めて感じ取ったのは、プロ1年目の2018年秋のことだった。