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「初動で核使用」「弾着まで10分」専門家たちが危惧する《北朝鮮ミサイルを過小評価してはいけない理由》

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金正恩の「被害妄想」に警戒せよ

 古川 朝鮮半島情勢は不穏さを増しており、和解ムードに溢れた4年前とは状況がちがいます。

 2018年に、金正恩は当時の韓国大統領・文在寅と平壌共同宣言に署名し、南下政策をとりやめ、南北の二国共存路線を打ち出しました。そしてICBMの発射実験や核実験の凍結と引き換えに、米韓の軍事演習や北朝鮮に対する敵視政策の中止をアメリカに要求した。

 しかし、それから2年経過後もアメリカの態度は変わらず、北朝鮮は21年1月の党大会で、戦術核の開発や核ミサイルの多弾頭化など、方針転換を明確化しました。怒りの矛先が韓国に向かうと、20年6月には南北協力の象徴だった開城工業団地の南北連絡事務所を爆破するなど、二国共存路線の不安定性が露見しています。北朝鮮が未来永劫、韓国併合の野望を捨てたなどとは、とても断定できません。

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 北朝鮮では、韓国のテレビドラマを見た人たちが刑罰を受けるなど、金正恩が国内での韓国の影響力の増大を強く警戒しています。金正恩がさらに被害妄想に駆られて、「韓国を攻めないと北朝鮮が韓国に吸収されかねない」と信じるようになれば、二国共存路線は容易に廃棄されかねません。プーチンと同様、独裁者には被害妄想に陥りがちな傾向が見受けられます。

韓国の尹錫悦大統領

在韓米軍の撤退で……

 山下 そもそも、北朝鮮と韓国が結んでいるのは、あくまで「休戦協定」なのでいつ戦争が再開してもおかしくありませんから。

 古川 なんらかのきっかけで南北関係が破綻すれば、戦争が始まりうる。まず考えられるのは、小さな軍事衝突がエスカレートするパターンです。例えば、休戦協定では、38度線に軍事境界線が定められたものの、海上の境界線については南北の合意がなく、韓国と北朝鮮の間では過去に海上での武力衝突や韓国の島に対する攻撃がありました。

 あるいは、台湾海峡危機等の地域紛争が発生した際、北朝鮮が危機に便乗して軍事的行動を起こすかもしれません。

 誤解や誤算などボタンの掛け違いで、紛争が本格的な通常兵器の応酬に発展していく可能性は常に想定しておかないといけません。

 山下 他に想定されるきっかけは、在韓米軍の撤退ですね。トランプは、文在寅が駐留費を削減すると言い出したので、在韓米軍の削減をちらつかせましたね。アメリカの軍事ドクトリンが転換して、在韓米軍が引き上げるような事態になれば、北朝鮮は短期決戦に打って出て来るかもしれません。

 古川 例えば、バイデンの後にトランプの再登板、あるいは第二のトランプが出てくる可能性はあります。「韓国が駐留費を渋るなら、在韓米軍は撤退するぞ」と言い出したら、金正恩にはチャンスになる。

 山下 ただ、3月の韓国大統領選では、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦が当選し、「米韓同盟」を最優先にすると明言しています。文政権時代にストップしていた米韓合同軍事演習の復活や、韓国国内へのTHAAD(サード)(戦域高高度迎撃ミサイルシステム)の追加配置など、米韓同盟は格上げされる方針です。

 古川 先ほども申し上げたように、東アジア最大の脅威は、依然として中国だと言っていい。ただ一方で、北朝鮮の脅威も深刻であり、決して過小評価すべきではありません。

 山下 同感です。朝鮮半島有事となれば、日本も他人事ではない。さまざまな工作を仕掛けてくることはあり得ます。韓国を支援しないよう日本社会に厭戦気分を醸成するため、サイバー攻撃や、SNSを使ったフェイクニュースの流布などもやるかもしれない。特殊部隊が入ってきて水道などのインフラを狙うことも考えられます。水道水に異物を入れるだけで、日本はあっという間に混乱に陥る。

 もちろん自衛隊は、そうしたテロを想定した計画を作成していますが、日本海側の海岸線は長いですから、侵入を阻止するのはけっこう難しい。侵入された後は、彼らを発見・追跡できるように、日頃のインテリジェンス活動の強化も重要です。

 古川 国家や組織も人と同じで、自信や力を持てば持つほど、目標も大きくなるものです。攻撃能力が増せば、当然ながら野望も大きくなるでしょう。「昔はこうだったから、今後も同様に考え続けるはずだ」と想定するのは、インテリジェンス分析における典型的な失敗パターンだと言えます。

 たしかに、北朝鮮のミサイル能力には様々な疑念が持たれています。命中精度はどうなのか、ICBMの弾頭部分は大気圏に再突入できるのか……。枚挙すればキリがありません。

 ただ、我々には北朝鮮を過小評価する傾向が強い。十数年前、北朝鮮が衛星を発射すると宣言した時には、「できるものか」と高を括りました。それが今や北朝鮮のミサイル技術は、世界の予想を大きく上回る発展を見せています。北朝鮮の核・ミサイルに対する執着心を、我々は侮るべきではありません。

誌面40頁にわたる山下裕貴氏、阿南友亮氏、小泉悠氏、古川勝久氏による大座談会「日米同盟vs.中・露・北朝鮮 緊急シミュレーション」は、月刊「文藝春秋」2022年6月号と「文藝春秋 電子版」に掲載しています。

「初動で核使用」「弾着まで10分」専門家たちが危惧する《北朝鮮ミサイルを過小評価してはいけない理由》

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