「1個でよろしいですか?」「1個って、言ったじゃないか! 話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」
新幹線の車内販売のお姉さんに突然キレた中年サラリーマン。それを垣間見た鴻上尚史は何を思ったのか? 鴻上さんが週刊SPA!で連載した「ドン・キホーテのピアス」から、選りすぐりのエッセーを集めた『世間ってなんだ』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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過剰なガンバリとキレる大人たち
仙台にワークショップ(表現のレッスンみたいなものね)に行ったのですが、帰り、東北新幹線の中で、隣に座ったサラリーマンの人が、ワゴンを押してきたお姉さんに、「××、1個ちょうだい」と声をかけました。「××」は、よく聞き取れなかったのですが、たぶん、沿線の銘菓だと思います。
お姉さんは、「はい、××、1個でよろしいですか?」とおうむ返しに言いました。その途端、「1個って、言ったじゃないか! 話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」と、そのサラリーマンの人は叫びました。
僕はびっくりして、体がびくんとしました。お姉さんは、「すみませんでした」とすぐに答えて、「あいにく××は、今、切らしておりまして、後でお届けします」と答えました。サラリーマンの人は、「あ、そう」とだけ返しました。
僕は、ちらりとサラリーマンの顔を見ました。普通の中年の男性でした。
あのお姉さんは、ストレス溜まっただろうなあ、どこかで吐き出すのかなあと、僕は心配しました。
それにしても、普通の人が、突然、「キレる」瞬間に立ち会うと、ドキドキするもんです。
朝日新聞で、「キレる大人たち」という特集をしていました。
それには、「暴行犯行時の年齢別検挙人員の推移」という警察庁の統計が引用されていました。
“警察庁によると、暴行の動機は各年代とも「憤怒」、いわゆる「キレ」が最も多く、8割前後を占める傾向に変わりはない。しかし、1998年から2006年までの推移をみると、10代がほぼ横ばいなのに20代以上は軒並み増加。60歳以上は約10倍、30代と50代が約5倍と大幅に増加し、実数でも中高年の増加が目立つ”
と、解説されています。
統計グラフでは、断トツの1位が検挙数約5000人の30代、次に20代、50代、40代とほぼ同じ数が続き、なんと10代は最低の水準、30代の3分の1以下の1500人ほどなのです。
んで、記事に登場するメンタルヘルスの専門家は、「今の職場はかなり抑圧され、一種のあきらめムードが漂っている感じがする」と指摘し、「職場で溜めた不満を、地域や公共の場で爆発させているのではないか」と、不満の対象と怒りをぶつける対象とのズレを特徴にあげています。
新幹線のサラリーマンがキレた時に言った「話をちゃんと聞けよ! バカかお前は!」という言葉は、じつは、僕は聞きながら、「この言葉はとてもスムーズだ」と感じました。つまり、何回も言い慣れている言葉だと思ったのです。