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短刀を持って政治家を刺殺…「必ず相手の腹を刺すことができると思った」政治テロ犯の“17歳少年”、異例の“実名報道”がされたワケ

『記者がひもとく「少年」事件史: 少年がナイフを握るたび大人たちは理由を探す』より#1

2022/10/22

戦後初めての政治家暗殺、新聞各紙の報道は…

 戦前には青年将校たちによる政治テロが相次いだ。五・一五事件で犬養毅首相が射殺され、二・二六事件で高橋是清蔵相が殺害されるなど、思想が若者を駆りたてた。

 だが、山口の事件は、戦後初めての政治家の暗殺だった。

 「浅沼委員長 刺殺さる 犯人・右翼少年を逮捕」(朝日)

 「浅沼委員長刺殺さる 犯人(大東文化大学学生)を逮捕」(読売)

 「浅沼委員長刺殺さる 犯人は十七才の少年」(毎日)

 各紙は街頭で号外を撒いて事件の発生を伝え、夕刊の一面でも報じた。今度は朝日を含めて、全紙が実名だった。

 「浅沼氏暗殺 政局に大波紋」(朝日)

 「浅沼刺殺事件 政局に衝撃」(読売)

 「浅沼氏刺殺・政局に衝撃」(毎日)

 翌日の朝刊でも、各紙は一面トップでこの事件を報じた。

 ちなみに、新聞という紙媒体の特徴は、テーマ別に紙面を割り振り、一覧性を高めていることにある。事件や事故なら社会面、政治は政治面、経済は経済面、海外の話なら国際面、のように各分野ごとに扱うページが振り分けられている。

 だが、その原則が崩れるのが一面だ。政治、経済、社会のジャンルを問わず、その日の最も大きなニュースを報じるページだからだ。

 当時の紙面を開いてみると、全紙そろって少年事件を一面で取りあげるケースは、ほとんどない。だが、この山口二矢の事件は特別だった。例外的に一面で報道されたのである。

 事件は少年事件を超えて、政治家へのテロとして扱われた。事件翌日以降の紙面でも、警察庁長官らの責任が追及され、右翼の取締強化の必要性が訴えられた。国会の解散と総選挙が予定されていた時期でもあり、政府も選挙日程の調整などの対応に追われた。一人の少年の蛮行が、国政を動かしたのである。

 時は、まさに安保闘争まっただなか。テロ行為に及んだのは、何も山口だけではなかった。山口の事件に先立つこの年の6月には、社会党顧問の河上丈太郎衆院議員が、20歳の工員にナイフで刺された。7月には、退陣間近の岸信介首相が、総理官邸で65歳の男に短刀で刺されている。二人とも命には別条はなかったが、安保をめぐり、暴力的で不穏な空気が醸成されていた。

 安保闘争は若者の心を動かしており、国会突入デモで東大生の樺美智子が亡くなったのもこの年だった。この時期の若者たちは、政治の季節に生きていたのである。

 今でこそ、政治に無関心だといわれるが、60年代の若者たちは政治への関心が高かった。そして、山口もその一人だった。この一連の顚末は、後にノンフィクション作家の沢木耕太郎が「テロルの決算」として著しており、知る人も多いだろう。

沢木耕太郎『テロルの決算』(文春文庫)

 山口は警視庁の調べに、河上を襲撃した20歳の工員について触れ、「本当に国を思った純粋な気持ちでやったと敬服した」と供述している。17歳の山口にも、政治のうねりが少なからず影響していた。

「山口二矢」実名で報道した理由とは…

 それにしても、新聞協会の方針があったのに、各紙はなぜ山口を実名で報じたのか。