文春オンライン

2022/10/31

source : 文藝出版局

genre : ライフ, 社会, 政治, 教育, 歴史, 読書

身体中に包帯を巻かれた父の遺体と対面…「泣きませんでした」

 父を殺した青年将校らが引きあげていくのを座卓の陰から見ていた和子は、「おとうさま」と呼びかけた。だが答えはない。部屋に入ってきた母は、和子を見るや「向こうへ行っていなさい」と、きびしい声で言った。

「倒れていた父は血まみれでした。その姿を私に見せてはいけないと思ったのでしょう」

 午後になって、身体中に包帯を巻かれ、布団に寝かされた父の遺体と対面した。

「私は泣きませんでした。兄も姉も泣かなかったと思います。軍人の子は泣くものではないと言われて育ちましたから。母も涙一滴こぼさず、粛々とことを進めておりました」

 二・二六事件関連の本で、父の殺害を目撃した幼い娘が泣きじゃくったという記述を読んだ記憶があった私が改めて確認すると、和子は「いいえ、泣いておりません」と否定した。

「私は、父の死で涙を出したことは一度もございません」

 そして、「これをご覧になったことがありますか」と、一枚のコピーを見せてくれた。

「5年前の雑誌記事です。事件で殺された人たちの遺体の写真が、初公開とうたって載っています。高橋(是清)さんや斎藤(実)さんは倒れているお姿ですが、父は……父だけは、こんなふうに裸に近い姿で……」

 見開きいっぱいに、布団に横たえられた遺体の写真が掲載されている。血のついた寝間着が大きくはだけられ、胸に複数の弾痕がある。右足の膝から下は砕かれ、原形をとどめていない。

「将校や兵たちは、いきなり部屋に入るのではなく、細く開けた襖の間から軽機関銃をさしこんで、まず父の足を撃ちました。ええ、私はそれを見ておりました。動けなくしてから――ということだったのでしょう」

 この写真が公開されたのは、事件からちょうど70年がたった2006(平成18)年である。事件当時は泣かなかったという和子だが、この写真を見た日は眠れなかったと言った。

父を殺した側の人間を前にして…「うれしかった」理由

 私が渡辺和子を知ったのは、2005(平成17)年の夏である。用事があって東京都内の教会を訪れた帰りに「このあと高名なシスターがお話しされるので聴いていきませんか」と勧められたのだ。

 後ろの扉のそばで立ったまま聴いた。次の予定があったので途中で出ていけるようにと思ってのことだったが、結局最後までそこを動けなかった。いわゆる「説教」ではなく、実感のある率直な言葉は説得力をもって心に響いた。垣間見える話し手自身の人生にも心ひかれた。

 その日の話で強く印象に残ったエピソードがある。