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「ものすごくアバンギャルドなジャズ、下敷きをガリガリやってるような演奏が…」山下達郎が現在でも愛聴する名盤とは?

山下達郎 2万字インタビュー #1

2022/11/13

 月刊「文藝春秋」2022年8月号に掲載された、山下達郎さんのインタビューに大幅加筆! スペシャルな“2万字バージョン”を特別に無料公開します。(全5部の第1部 インタビュー・構成/真保みゆき、本インタビューは2022年4月25日に行いました)

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リーマン・ショック後のコンサートで愕然としたこと

——来年70歳を迎えられる達郎さんですが、コンサートではファンに「みんなかっこよく年を取っていこう」と呼びかけるのが、近年の恒例になっているようですね。

山下達郎さん

山下「ちゃんと健康管理して、身体と心を平穏に、という呼びかけです。僕は、おかげさまで体は丈夫です。タバコは35歳でやめたし、歯もいまだに自前。“8020”も夢じゃない。まずは健康第一、それが大前提。

 と同時に、“後半生をどう生きるべきか”という哲学的な問いも、あの言葉には込めています。2008年のリーマン・ショックの後、コンサートを観に来てくれるお客さんの顔つきに愕然としたことがあって。特に男性ですね、表情に悲壮なものがありました。そんな人たちを前にすると、お互い頑張って生きていこうよ、という以外に言葉が出ない。

 その人なりの夢を手放さずに努力を続けることが難しい時代になって久しいですよね。バブル時代には、それこそ、“夢を持とう”“壁を乗り越えていこう”の大合唱だったのが、今や経済格差は拡がるばかりだし、貧困だって見過ごせない。夢を持つどころか、“俺なんかが頑張ったところで、やれるわけない”というシニシズムに陥りかねないわけです」

それだけは言うまいと心に決めてきた

——震災があり、直近ではコロナによるパンデミックがありました。老いも若きも生き抜くことに困難を感じる時代がずっと続いています。

山下「音楽業界も同様で、若い人が音楽で食べていくことが、ものすごく難しい時代になってきました。昔だったら音大を出て、中学や高校で音楽教師をやることで生活の糧を得る。そういう最小限のセーフティネットがあったのが、今は少子化でしょ。教えるといったって、そもそも子供がいないんだから教えようがない。オーケストラが狭き門なのはもとからなので、音大を出ても職がない。結果、音楽行為をする人間の数がどんどん減っていくという、負のスパイラルが続いているんです。

 そういう時代に、じゃあベテランと呼ばれる立場にいる人間は何をするべきか。同世代同士、懐古的でもなく、傷のなめ合いでもなく、未来へ向かってどういう音楽を行為して行くか。昔は良かった、というような懐古主義が嫌いでね。僕自身、若い頃に“今時の若いやつは~”みたいな決まり文句を浴びるほど聞かされたので、自分が年取った時、それだけは言うまいと心に決めてきた。還暦を過ぎた頃から、余計にそう思うようになりました。

 ニュー・アルバム『SOFTLY(ソフトリー)』に収録した「人力飛行機」は、10代終わりから20代前半の男の子の、なんの特性もない分無限の可能性を秘めている、そういう状態を歌ったものなんです。陳腐な言い方をすると“夢”はある。でも、それを実現するすべがない、という。人力飛行機なんて、アナログの最たるものでしょ。AIが人間を超えるかもしれないと言われてる時代に、でもペダルを踏んで空を飛ぶ。上昇していこうって。メタファーですよ。現実には、夢なんて7割方かなわないんだから」

自身のバンドに若い人材を起用している理由

——3割かなったら、相当な打率だと思います。

山下「好意的に見積もっても、夢の7割はかなわない。本当はね。なのに、かなわなかった時、じゃあどうすればいいかを教えないから、大変なことになる。いくら世の中インターナショナルだ、グローバル化だと言ったって、留学もできない、英語もろくにしゃべれない、教育もたいしてない人間が、これからどうやっていけばいいのか。そういう人間が世の中に出ていく時のメンタリティを、“アナログでいいんだよ”と背中を押すような、そういう曲を書きたかった。

 ジェームス・ブラウンの有名な言葉で“自分はどん底から這い上がってきた。今度は次の世代にそれを返してやらなきゃならない”というのがあるんですが、要はジイさん、バアさんになった時に、次の若い世代に向けて果たすべき責任があるということです。僕が自分のバンドのサックスやドラムに若い人材を起用しているのには、テクニックの問題だけでなく、そういった理由もあるんです」

——そこをふまえての「かっこよく年を取っていく」。口にする以上、覚悟が要る言葉ですね。

山下「そこには僕なりのポジティブシンキング、経験に基づく“強がり”というのもあって、事務所の若いスタッフにも最近よく言うんだけど、どんなにひどい状況にも例外はあるんだと。太平洋戦争を例に取るなら、玉砕戦にだって生き残りはいたし、ガダルカナルにもサイパンにもいた。硫黄島しかり。1000人が死んでも1人は生き残ってるってことがある。そういう例外があることは、つねに頭に置いておけ、と言ったりします。あとヴィクトール・フランクルの『夜と霧』ね」

同世代で「友人」と呼べる存在は

——アウシュヴィッツを生き抜いた、ユダヤ人心理学者の手記ですね。

山下「フランクルいわく、あんな過酷な環境にいて、それでも“朝日がきれいだな”と思える。そういう人が生き残るんだと。フランクルが置かれた状況の苛烈さとは比べるべくもないけど、僕も昭和の貧乏人の家庭育ち。しかもドロップアウト。10代後半から20代にかけて、未来のことなんて何も考えられないような不安な時期を過ごしてもいる。けど、何とかしたし、何とかなった。強がりと言ってしまえばそれまでだけど、どこかで人間の根源的なパワー、生き抜く力を信じないと終わりだという確信のようなものがあるんです。でないと、自分がなぜ生まれてきて、どこに行くのかがわからなくなる。今はそれを存在証明なんて言いますよね。そういう確信、健康な自己肯定感が持てなくなるから、カルトにはまったりするんじゃないかな」

——達郎さんの世代は、いまだ“現役”の音楽家が多いですよね。日本のポピュラーミュージックを牽引してきた“戦友”は数多いと思いますが、同世代で「友人」と呼べる存在を挙げるとすると。