『情熱大陸』(MBS・TBS系)や『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)など、数々のドキュメンタリー番組を手掛けてきた、映像作家の大島新氏。そんな彼が『ドキュメンタリーの舞台裏』(文藝春秋)を上梓した。
ここでは、同書より一部を抜粋。『情熱大陸』や『ザ・ノンフィクション』の“知られざる制作秘話”を紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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取材における被写体との距離は「右手に花束、左手にナイフ」
取材における被写体との距離の取り方について、私は「右手に花束を、左手にナイフを」ということを心掛けるようになりました。『情熱大陸』に限らず、1人の対象を追う人物ドキュメンタリーは、どうしても「その人を称える」内容になりがちです。あるジャンルで功成り名を遂げた人を取材する場合は、余計にそうなります。
そもそも成功しているからその人を取材しているわけで、その成功の秘密を探ることが取材の常道になります。ただ、手放しにほめ称えると、プロモーションのような、ややもすれば気持ち悪い番組、観ている人からすると鼻白むような内容になってしまいます。
そこで、「花束とナイフ」となるのですが、まずは相手の懐に入らないと、良いものは撮れません。その為には、「あなたに好感を抱いています」あるいは「興味を持っています」あるいは「あなたの仕事を尊敬しています」と、表明することです。それが花束です。最初から「あなたを批判する目的で撮ります」と言って、心を開いてくれる人はいないでしょう。
時間をかけて「番組のディレクターさん」から「大島さん」に
とはいえ花束と言っても、過剰にほめたり、おべっかを使うのは逆効果です。成功者であればあるほど、そういう人は周囲に山ほどいるでしょうし、警戒感を持たれる可能性もあります。相手に敬意を持って接することはもちろんですが、大切なのは、その人のどういう部分に興味を抱いているか、取材者自身の考えをきちんと伝えることだと思っています。
その上で、信頼してもらえるよう人間関係をしっかりと作ります。時間をかけて「番組のディレクターさん」から「大島さん」に、相手の意識が変わるよう努力します。なかなかそこまでは達しませんが、「この人にだったらどこを撮られ、どう表現されても構わない」とまでなれば、最も良い状態と言えるでしょう。