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 でもそんな僕の心配をよそに、母は数日後には「ガスがつかない」「何とかして」と僕に訴えてきた。

「母さんは火を消し忘れたよね。そのせいで火事になるところだったんだよ。火事になって家が焼けちゃったら、みんな大変なことになるよね。だからもうガスは止めたんだよ」

 僕の言葉に、母は深くうなずき納得した。でも、翌日になると再び「ガスがつかない」と繰り返した。そしてやがて、電子レンジも使えなくなり、風呂を沸かすこともできなくなっていった。

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母の異変が進むにつれ、亭主関白の父が威厳を失っていった

 母の異変が進むにつれ、父はどんどんしょぼくれていった。父は亭主関白だったが、母がいないと何もできないような男で、母の変化に戸惑い、途方に暮れ、日に日に威厳を失っていった。

 それでも、最初の頃はまだよかった。当時、父は熊本にある病院で名誉院長を勤め、週の半分は家を留守にしていた。また、2002年からは東京にある学校法人の理事長も務め、熊本と東京を往復する多忙な日々を送っていた。そのため、良くも悪くも母の異変と向き合わずに済んでいた。

 もっとも、父も薄情というわけではない。母がかつて大病して入院した際は、毎日のように見舞いに行っていた。大正生まれの男らしく、妻に細やかな気配りするということが苦手なだけなのだ。

 だが、母の異変が進むにつれ、父も向き合わないわけにはいかなくなっていった。

 というのも、母はたまに帰ってきた父をつかまえては体の不調を訴え、テレビのリモコンや電子レンジがうまく使えないことを愚痴り、しまいには「何もかもパパが悪い」と、父に理不尽な八つ当たりをするようになっていったからだ。

 こうなれば、当然口論になる。本人に悪気はないとわかっていても、売り言葉に買い言葉でやり合ってしまう。父はやがて疲弊し、以前に患ったがんが再発し、弱気になって僕に助けを求めてくるようになった。

「顔を合わせればけんか、けんかで、俺イヤになっちゃったよ」

 ため息をつく父を、僕はなだめた。

「仕方ないだろ。年のせいで、母さんが悪いわけじゃないんだから」

「でも、俺だってがんなんだよ。少しはいたわってほしいよ」

「そうだよな。父さんの気持ちもよくわかる。だけど、父さんは今までずっと、母さんに支えられてきたじゃないか。今度は父さんが母さんを支える番だろ」

 だが、僕の励ましもむなしく、父はなおも弱腰だった。

「でも俺、そういうのできないよ。どうしたらいいかわからないよ。しっかり者の母さんがこんなになっちゃうなんて、思いもしなかったしさ」