そう思ってはみても、しだいに、不安にはなる。薬局にも列はできていたし、さらに見たことのない長蛇の列になっていたのが、銀行だった。戦争になったとしたら、きっと現金が不足する。クレジットカードのリミットがすぐ来てしまうだろうし、第一、カードすら使えなくなる事態になるかもしれない。そう考えた人たちが、とにかく現金があるうちに現金を引き出しておこうと詰めかけたのだ。

 昨日まで普通に買えていた薬も、大好きな本も消えていく。それでもとにかくお母さんも私も、このときには「パニックにならない。冷静でいよう」と心に決めていたので、焦ったり慌てたりせずに家に戻った。

スーパーや薬局、銀行に人々が殺到し、列ができるほどに(『ウクライナから来た少女 ズラータ、16歳の日記』より)

戦争なんて小説や映画の中くらいのものと思っていた

 今見てきた様子から考えると、やはり戦争は疑いようもない事実なのだということが、ひたひたと迫ってきた。考えてみれば、2014年にロシアがクリミアを併合してから、ずっと武力抗争は起きていて、大人たちの間では、いつもいろいろな意見が飛び交っていた。「こちらが正しい」とか「こちらが悪い」とか。

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 でも、それも今日何かが起こったとしても翌日になれば何事もなく収まっていて、だから実際に戦争になるなどということはあり得ないことだと私は今の今まで安心していたのだ。

ウクライナから来た少女 ズラータ、16歳の日記』(世界文化社)

 戦争なんて小説や映画の中くらいのもので、おばあちゃんやお母さんに聞いたソ連時代のできごとぐらいにしか思っていなかった。それに、ウクライナには政治を風刺するテレビのバラエティー番組なんかもよくあって、とても人気があった。コメディアンが演じていたプーチン大統領を愉快な性格の人だと笑っていたくらいなので、深刻なことが引き起こされるとは、みんなあまり考えていなかったのだと思う。

 何かとてつもない大きな不安とショックとともに始まった長い1日だった。これからどうなっていくんだろう。

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