A子さんがX氏のクリニックに勤務し始めたのは離婚直後で、B子さんは既婚者ながら夫にパニック障害で苦しんでいることを言えず、人に言えない悩みを抱えていたことも共通している。そもそも精神科のクリニックを訪れる患者は何かしら悩みを抱えているケースが多く、その秘密を打ち明けられる医師は相手の信頼を得やすい立場である。
前出の米田氏はこう憤る。
「精神科医は性質上“モテてしまう”のが当たり前で、その倫理綱領にもあるように患者と性的関係になるのはタブーとされている。しかし、X氏は法廷で『医師と患者が性的関係になるのは問題ないケースもある』と話したように、全く問題意識がない。さらに薬を服用し、昼夜問わずにメッセージを送られて睡眠不足が続いていたA子さんは、正常な判断ができなくなり、『洗脳』状態になっていてもおかしくない。
しかも対象の女性を孤立させる手口も周到で、周囲の人に悪口を吹き込んで孤立させ、自分だけに依存するように仕向けているんです」
「X氏のケースが異常だったのは、多くの患者と性的な関係にあったこと」
多くの患者に手を出していたX氏が経営していたクリニックでは、A子さんの自殺後に診療報酬をめぐる詐欺事件が発覚し、X氏は懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受けている。
全国紙社会部記者が解説する。
「X氏は2014~2017年にかけて、数十回にわたって実際には行っていない診療をしたかのように書類を作成し、診療報酬約50万円をだまし取った詐欺罪に問われ、2020年に有罪が確定しています。保険医登録が取り消され、医業自体も3年間の停止処分となっており、現在医師として勤務はできない状況です」
診療報酬の詐欺摘発のきっかけとなったのは九州厚生局麻薬取締部、通称“マトリ”の捜査だ。「文春オンライン」取材班は当時の捜査関係者にも話を聞くことができた。
「X氏が不正に処方していた薬には、麻薬取締法で規制された向精神薬などが含まれていたため捜査に踏み込みました。不正に金を稼ぎたい医師による無診察処方はよくありますが、X氏のケースが異常だったのは、多くの患者と性的な関係にあったことです。当初は協力的で容疑を認めていたX氏ですが、完全否認に転じたため、逮捕に踏み切りました」(捜査関係者)
A子さんのケースは、捜査当局にとっても大きな焦点になっていた。
「X氏がA子さんに対して行った強迫性障害の診断や、うつ病の薬の投薬が必要だったかどうかは意見の分かれるところでしょう。さらにX氏は、A子さんの診察なのにA子さんの母親の保険証を使用し、母親を診察していることにして診療報酬を得ていました。A子さんが亡くなってしまっていたことは非常に悔やまれますが、彼女のためにもX氏の悪行は裁かれる必要があったと思います」(同前)