ハロウィン参加者を責める論調も
韓国政府と与党「国民の力」は二次被害を考慮し、身元は公開しないことを明らかにしていた。日本では事件の被害者も実名報道されるが、韓国では実名を報じない。前出の中道系紙記者が言う。
「プライバシーを守るという観点もありますし、SNSなどでの二次被害を防ぐことが目的で、韓国記者協会では、2014年のセウォル号沈没事故後、被害者の身元公開などについて災難報道準則を作りました。
通報があったにもかかわらず動かなかった警察の責任は重いですが、路地に隣接するハミルトンホテルの不法増築により道幅が狭められた状況、そしてそれを保守、進歩政権問わず何年も放置してきた自治体の責任など原因は複合的です。
さらに、今回は主催者不在のハロウィンというイベントで起きた事故と認識し、『自発的に行った場所で起きたこと』と見る人もいます。身元が分かれば流言飛語が飛び交うことは目に見えている。そうした二次被害を防ぐために実名を公表しないとしていました」
韓国では惨事から1週間を哀悼期間としたが、なぜ哀悼を強いるのかと反発する声も少なからずあった。また、たまたま現場に居合わせて、CPR(心肺蘇生法)などの救護活動を行った人もフラッシュバックに悩まされるようになったが、当日、梨泰院にいたことをどう受け止められるか不安で友人にも相談できないと韓国メディアに苦しい胸の内を明かした人もいた。
2014年に起きた旅客船セウォル号の沈没事故では犠牲者全員が実名で公表されたが、これは生存確認の意味合いがあった。
今回の惨事をこのセウォル号沈没事故になぞらえることも多いが、酷似しているのは、問題解決への過程で政争が苛烈になり、遺族などへ残酷な光景になっていることだろう。
現在、韓国の野党が尹大統領と政府を突き上げる背景を見ると、犠牲者のためという思いは霞んで見える。都市開発事業に絡んだ疑惑の渦中にいる李在明「共に民主党」代表への起訴が秒読み段階に入ったといわれ、自己防衛、党代表防衛のための世論戦というのがもっぱらの見方だ。
冒頭のナムさんは、家に帰らず、今も梨泰院にある店で寝泊まりしている。ナムさんは1988年のソウルオリンピックの頃から梨泰院で商売を始め、11年前に現在の場所に移転した。
「梨泰院は韓国社会の歴史を呑み込んできた街です。今は若い世代が個性を満喫できる、そして、その個性をみんなが認めて楽しめる、魅力的な街でしたが……」
店にいるのは苦しいだろうにと思い、尋ねると、「申し訳なくて離れられない。四十九日まではせめてここにいて見守ろうと思っています」と言う。
ナムさんは夜になると真っ暗な路地を照らすためにあえて店の明かりをつけている。