M-1グランプリ決勝の敗者復活戦で起きたこと
忘れられない漫才がある。
2018年12月2日。場所は、東京港区のテレビ朝日の隣に設置された屋外ステージ。そこでは午後2時半から、M-1グランプリ決勝の最後の一枠をかけた敗者復活戦が始まっていた。出場者は準決勝で敗れた16組だ。ネタの時間は3分だった。
会場は、何よりもまず寒かった。客の身体が凍え、笑いが起きにくくなる。また野外ゆえ声が拡散しやすく、つぶやくように話す芸風の漫才師の声はほとんど後ろまで届かなかった。
寒空の下、客の笑いは一度も爆発しないまま、最後から2番目、15組目のプラス・マイナスの出番になった。
プラス・マイナスは身長167センチ、体重90キロ超の岩橋良昌と、中肉中背で「もともと顔とかもよくないし……」と控えめに話す兼光タカシからなるコンビだ。
2015年にM-1が復活してからのエントリー資格は結成15年以内。リミットいっぱいのプラス・マイナスは、この回も含めれば5度、準決勝まで勝ち進んだものの、決勝の舞台は未経験だった。
2人はステージに登場したときから、他のコンビとは明らかに雰囲気が違った。いかにも楽しげで、自分も含め、観る側の肩の力がふっと抜けるのがわかった。
漫才は、繊細な芸である。同じネタであっても、そのときの順番、演者のテンション、ステージ環境、あるいは客層などによって、まるで別物のように色や形が変わる。
そして、あらゆる大衆演芸の中で、漫才ほど怖い芸はないのではないか。漫才は人を笑わせるだけでは足りない。笑わせ続けなければならないのだ。成功不成功が一目でわかる。
2020年のM-1決勝で、私はその瞬間を目の当たりにした。
関西の中堅どころで、抜群の人気を誇るアキナは準々決勝、準決勝と大爆笑を巻き起こしていた。坊主頭でボケの山名文和と、おしゃれで包容力のあるツッコミの秋山賢太からなるコンビは優勝候補の一角に挙げられていたほどだった。
ところが決勝では一転、さざ波のような笑いしか起きなかった。プレスルームの大画面を通し、2人の顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかった。秋山が声を震わせる。