いまや年末の風物詩である「M-1グランプリ」。一夜にして富と人気を手にすることができるこのビッグイベントに、「ちゃっちゃっと優勝して、天下を獲ったるわい」と乗り込んだコンビがいる。2002年から9年連続で決勝に進出し、「ミスターM-1」「M-1の申し子」と呼ばれた笑い飯である。
ここでは、笑い飯、千鳥、フットボールアワーなどの現役芸人やスタッフの証言をもとに、漫才とM-1の20年を活写した中村計氏のノンフィクション『笑い神 M-1、その純情と狂気』(文藝春秋)から一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/1回目から続く)
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プラス・マイナスのネタに会場中が爆笑
本番前、プラス・マイナスの岩橋良昌は、一方的に注意事項をまくし立てるのが常だった。それも延々だ。相方の兼光タカシは、それをやり過ごすかのように、いつもうつむきながら黙って聞いていた。
「性格上、あいつは言わずにおれんのはわかるんで。『やってるやん』って言ったら、『やってへんやろ』って言い返されるだけ。もう、もめるんが嫌なんで、いっつも黙ってます」
そんな岩橋が、2018年、M-1グランプリ決勝の最後の一枠をかけた敗者復活戦のときだけは「無」になれた。静かな自信は兼光にも伝播していた。
「なぜだかわからないんですけど、出ていく前から、『ウケんのやろな』と思えた。あのときは、怖いものなしでしたね」
岩橋は、あるときはチアガールに扮し、あるときはピッチャーに扮し、そのたびに大爆笑をかっさらった。
「一種のトランス状態に入ってましたね。謎の力が出てた。あとで映像、見返したんですけど、動きキレキレでしたね。迷いがなくなったら、人間、あんなことになりますね」
兼光の「イチバンバンバンバンバン……、センターターターターターター……」という野球場の場内アナウンスのモノマネは、屋外だったこともあり、私の心は一瞬にして神宮球場へ連れ去られた。
プラス・マイナスのネタは、声と動きが大きく、設定はシンプル。この日、初めて最初から最後まで、プレス用の最後列まで言葉とストーリーが届き、会場中が爆笑に包まれた。