岩橋が体が千切れんばかりの勢いで手足を上げたり下げたりするシーンはあまりのバカバカしさに、私も取材者の立場を忘れ、腹をよじって笑い転げた。
いい大人が、あらん限りの熱量で、道化を演じる。その姿には生きることの喜びと悲しみが凝縮されていた。笑いながら、涙が込み上げてきた。まさに笑いの神が舞い降りたかのような3分間だった。
視聴者投票の結果、敗者復活戦の勝者に選ばれたのは…
ところが──。
彼らは敗れる。会場にいれば明白だった。全16組中、笑いの量、質ともに、プラス・マイナスがダントツだった。しかし、延べ200万人による視聴者投票の結果、選ばれたのは、もっと知名度が高く、もっと人気のある若手コンビ、ミキだった。
視聴者投票は人気投票になりやすい。全国的にほぼ無名で、人気とも縁がないプラス・マイナスが、約1万800票差で2位に食い込んだだけでも大健闘と言えた。
敗者復活戦の勝者が読み上げられた瞬間、岩橋は、組んでいた両腕をほどき、両手を膝の上においた。白いスーツの上に黒いパーカーを羽織った巨漢が、魂の抜け殻のようになっていた。
「ああ、終わった、と。M-1は、僕らに最後まで厳しかったなと。正直、『今度こそ、俺らが主役になれた』と思ったんですけど」
事前の打ち合わせでは、落選した場合、2人で「ぶぅーっ!」と息を吹き、後ろにそっくり返る予定だった。
「僕ら芸人やから、親が死んでも笑かさなあかん。せやのに、あんときはショック過ぎて、ただただ凹んでしまいましたね」
一方、相方の兼光は苦笑いを浮かべ、呆然と立ち尽くしていた。
「岩橋が何にもしないんで、俺、ほんならどうしようと思って、普通にしてました。ただ、このままほっといたら泣いてまうわと思って、こらえてましたね」
芸人は普段、舞台上では道化師であり続ける。その仮面をいとも簡単に剥いでしまうのがM-1という舞台だった。