「朝まで『大悟の相方は、おもろないねー』ってみんなからずっと言われ続けてたんです。なんじゃ、この世界は、って。一回スベっただけで、ずっとおもんないって言われるんかい、って。怖い世界に来ちゃったなと思いましたね」
スキップとたちくらみが中心となって開催していたライブは、その名を「魚群」と呼んだ。魚群はノブにとって、さながら戦地だった。1つのミスが致命傷になる。しかし、そんな危険地帯にも、一条の光が差し込んでいた。
「哲夫さんと西田さんが言ってること、やってることは、ずっと、めちゃくちゃおもしろかったんです。すげえ、すげえ、って」
笑い飯の2人がいちばん狂ってた
ノブにとっての芸人としての1コマ目。幸か不幸か、そこでじつに多くのことが決定づけられた。
「笑い飯の2人は、僕の中では、いちばん最初に会った大悟以外の芸人なんです。漫画とかだと、こっからどんどん濃いキャラクターが出てくるもんじゃないですか。でも、結局、この2人がいちばん狂ってたんですよ。今でも。だから、何がおもしろいかみたいな感覚も、いきなりぐんにゃって曲げられてしまったんです」
哲夫、西田、大悟という「いつもの3人組」は以降、「いつもの4人組」になった。
哲夫は、たとえるなら「ボケマシーン」だった。隙あらば、ボケてくる。西田は哲夫ほどではなかったが、ときに張り合うように参戦してくる。ノブが加わる前まで、そのターゲットは大悟だった。だが、メンバーが4人に増えると、場の空気の調整役でもあるツッコミは当然のように「新米」の役割となった。
ノブはうんざりとした表情を浮かべる。
「最初の1カ月くらいは、3人がふざけているのを外から見ていただけ。でも、電車に乗ってるときだったかな、哲夫さんに『どなたさんですか?』って聞かれて。夕方5時ごろだったと思うんですけど、そっから夜中まで、ずっと同じボケを繰り返されたんですよ」
ノブは最初、必死でおもしろいことを言おうとしていた。声音や抑揚も変えてみた。だが、やればやるほど空回りし、どう返しても哲夫は何も聞こえなかったかのように表情1つ変えない。大悟の家へ行ってからも状況は変わらなかった。
深夜3時ごろだった。何十回目かの「どなたさんですか?」にノブがついにブチ切れた。目を剥いて、吠えた。
「ノブじゃ!」
すると、哲夫が腹を抱えて笑った。西田も、大悟も、笑い転げていた。
「それでええねん。それがツッコミや」
哲夫はそう言って、なおも笑っていた。
ノブが漫才師になった瞬間だった。
「テクニックや小手先で言ってるときはひとつも笑ってくれなかった2人が、やっと笑ってくれたんです。いてこまされて、いてこまされて、怒ると笑いが起きる。笑いの教科書の1ページ目を教えてもらったような気がしましたね」