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 もちろんそこに行くまでに、逆上がりするためには、こう足を持ち上げよう……とかいろいろな工夫をしますが、最後のできる瞬間は、「体のほうが先で意識が負けて」いる。それを“体の奔放さ”と本書では呼んでいますが、「できる」の中にも、実は負けがあったんです。

――意識的な努力の結果、何かを身につけるという、一般的な上達のイメージと全く異なりますね!

伊藤 そうなんです。もちろん、意識的な努力を重ねていたからこその成功なわけですが、最後の手に入る瞬間は、「解ってしまえば、すごく簡単だな」みたいな、単純な努力とはちょっと違う世界があるように思います。

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 そのあたりの摩訶不思議な面白さは、テクノロジーの力を使うと可視化できます。今回、5人の科学者/エンジニアの方々に研究の最前線について話をうかがいましたが、たとえば、ピアニストの演奏技術の向上を手助けしているソニーコンピュータサイエンス研究所の古屋晋一さんは、「意識しては習得しづらい手の動き」について独自のアプローチをしています。

 

 グローブ型のごついマシンを付けてピアノを弾くと、グローブが手を動かしてくれ、自分の指がやったことのない動きができます。一見すると、強制的に手を動かしているだけに見えますが、古屋さんによるとこれは「感覚のトレーニング」。自分でも意識できてなかった可能性の領域に、テクノロジーが連れていってくれるんです。

 ともすると演奏家は、「こうすれば、正解だ」という経験則にこだわり、その場に置かれたピアノの特性や音響空間といった要素を取りこぼして、「これが自分の弾き方だ」と通してしまいます。それは演奏の可能性をすごく狭めてしまいますが、テクノロジーとなら、自分の意識の外側にある可能性を探索できます。まるで新しい世界を教えてくれる恋人のように。

桑田真澄は毎回フォームが違うのに、なぜ正確に球を投げられるのか

――〈いかに体を解放して、意識の外で体に解かせるか〉というアプローチは目からウロコです。本書に出てくる、桑田真澄元投手の投球フォームの例も衝撃的でした。

伊藤 これはNTTコミュニケーション科学基礎研究所の柏野牧夫さんの研究ですが、桑田元投手のピッチングフォームを繰り返し映像に撮ってみると、毎度かなりフォームが異なり、リリースポイントが14センチもズレていたりします。動きの「ゆらぎ」は大きいのに、結果は一定で、さらに興味深いのは、ご本人は同じように投げているつもりなんです。