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なぜ桑田真澄の投球フォームにはゆらぎがあるのか? 「できる」を科学する先端研究から見えてきたこと

2022/12/03

source : ライフスタイル出版

genre : ライフ, ライフスタイル, 社会

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 それは環境の諸条件――マウンドの堅さや風の強さなどに対して体がうまく順応していて、その都度、フォームが無意識に変化しているのでしょう。つまり、過去の成功体験に固定的にしがみつかず、「体に探索させて」いる。でも、行くべきところに、正確に球が行っているわけです。

 その体の探索する力を、柏野さんは「土地勘」というキーワードで分析していました。

「成功の道すじはひとつ」ではなく、なんとなくこっちの方向に山があって、あそこ曲がれば駅があってというような地図の感覚を持っていると、調子が狂って道を外れた時も違うルートから元に戻ることができる。

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 桑田元投手はカーブの投げ方も、自分はこうしていると思っていたイメージと、全然違う投げ方をしていました。でも、体が勝手に動いちゃって、正確にカーブを繰り出している。体に対する圧倒的な信頼をもって生きているからこそ、できることなんだと思います。

――そのあたりのメカニズムは、思うようにパフォーマンスを発揮できないイップスの問題ともつながってくるのでしょうか。

伊藤 イップスは、精神的な問題や、脳が変な学習の仕方をしてしまって失敗する等、いろいろなパターンがあって一概には言えません。ただ、一つの勝ち筋にこだわり過ぎてしまうと、道から外れて心と体がつながらなくなった時、リズムを取り戻すのが難しいというのはあると思います。

 

 スポーツや演奏にかぎらず、そこの目の前にあるものに影響されて、自分の動きに取り込んでいくことが社会性だし、生きるということ。外側のものによってどんどん編集されていくのが、生き物のすごさです。

「ホメて伸ばす」より「違うものは違うぞ!」のほうが記憶しやすい

――学習における罰系と報酬系の研究も示唆に富んでいますね。

伊藤 本に詳しく書きましたが、リハビリテーション神経科学の専門家である慶応大学理工学部の牛場潤一さんによると、罰系と報酬系は、脳的には、全然違う働きをしていて、どちらで学習するかで、学習効果がまるで変わってしまう。

 報酬系は、できたことを「それいいね!」と肯定するやり方で、罰系は、間違えたことを「それ違う!」と、反復練習によってできないことを「できる」に近づけていくアプローチです。

 報酬系の場合は、瞬間的にドーパミンが出るので、脳にパッと焼き付くけど、案外忘れやすい。でも、小脳がやっている罰系のほうは「こうじゃない!」と細かく言ってくるコーチみたいなもので、学習中は嫌でしょうけれど(笑)、記憶への定着率が良い。だから、実際の勉強では、それをうまく組み合わせると効率がいいんですね。

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