いじめに耐え続け、除隊3ヶ月前に事件を起こしてしまったイム兵長
銃乱射事件を起こしたイム兵長について「彼も陰湿で深刻ないじめを受けていた」と話すのは、実際に事件を目の当たりにした当時の同僚・キムさん(30代、仮名)である。
「イム兵長は、痩せていて脱毛症を患っていました。その容姿から『ガイコツ』『ジジイ』など、入隊時から日常的にからかわれていたんです。幹部に殴られたり、後輩に無視されたりといったいじめを受けながらも耐え続け、あと3カ月後には除隊というタイミングで事件を起こしてしまいました。事件当日、哨所にある日誌の裏表紙にイム兵長を揶揄する悪口とガイコツの絵が書き足されていて、犯行を決意したそうです。ずいぶん苦しんでいたと思います」
イム兵長は、自らをいじめ続けた同僚たちの背後に手榴弾を投げつけた。逃げ惑う同僚たちを執拗に追いかけ、銃撃を加えた。この時点ですでに5名が死亡。イム兵長の恨みの大きさがうかがえる。
その後、イム兵長は駐屯地から逃走。韓国軍は最高非常警戒態勢をとる。兵士4000人と特殊部隊を投入しイム兵長の大規模な捜索が行われた。丸2日間にわたった緊迫した警戒態勢は、並々ならぬものだったとキムさんは言う。
「当時私は空軍に所属しており、事件の起きた陸軍とは別の場所に勤務していました。しかし、就寝前の自由時間に非常警戒令が発令され、何が起きたかも分からないまま、出動を命令されました。移動中に『人が死んだ』『武器を所持して逃走中』とだけ聞かされ、まさかその時は新兵訓練や適性検査で顔を合わせた同僚が死に、さらに犯人まで同僚だとは思いもしませんでした」
射撃を教わった先輩が血だらけで倒れていた
命令に従い事件現場に到着したキムさんを待ち受けていたのは、酸鼻をきわめる光景だった。
「射撃を教わった先輩が血だらけで倒れているのを見て、事の重大さに気づきました。逃走ルートの遮断に失敗したことから、雪山の山頂までの警備を私ともう1人で任せられました。睡眠や食事を交代に取り、必死で警戒をしていましたが、もしイム兵長と出くわしたら『殺されるかもしれない』という凄まじい緊張感があったのを覚えています。野うさぎの親子が現れた時、気づいたら銃を乱射していました。体力の限界は既に超えていて、錯乱状態でした」
予期せぬ極限状態におかれて錯乱状態に陥ったのは、なにもキムさんだけではない。ほかの兵士たちもまた、死の恐怖と先の見えない緊張状態から、通常では考えられない事態を次々と招いていく。「自分は死にたくない」とその場から逃走する兵士、撃たれた部下を放置して逃げ出す上官――。
「人間ではいられなくなるような気がしました」とキムさんは言った。