「主役級の俳優が揃ったことが奇跡です。映画の基本は家族。家族ができるまで、できたあと、いろんなことがあるからドラマになるんです」
小山内堅(大泉洋)は、妻の梢(柴咲コウ)が望むとおり、娘に「瑠璃」と名付けた。家庭も仕事も順調だったが、不慮の事故で愛する妻と子(菊池日菜子)を同時に喪い、数奇な運命に導かれていく。
映画『月の満ち欠け』は、佐藤正午さんの直木賞受賞の同名小説が原作。廣木隆一監督は、映像化の依頼に「嬉しかったですね」と振り返る。
「佐藤さんのデビュー作『永遠の1/2』以来、リアルな世界と人間の機微を描く作品に注目してきました。今作のようなファンタジーは珍しいですが、それを意識しすぎず、目の前にあるリアルな人間関係を描こうと挑戦しました」
事故から8年後、郷里の青森に逼塞(ひっそく)していた小山内のもとを、三角哲彦(みすみあきひこ/目黒蓮)と名乗る男が訪ねてくる。初対面の三角は、小山内の娘が自分の恋人・瑠璃の生まれ変わりだったのではないかと語る。「私の娘は、君がいう女性とは何の関係もない」と激高した小山内だったが、在りし日の記憶が蘇る。幼い頃、娘は知るはずのない古い歌を口ずさみ、“アキラ君に会う”とひとりで遠出して保護された。生まれ変わりなんてあるはずは……。
「小山内の視点は、唯一この作品を見る人と同じです。生まれ変わりなど信じないと拒絶する彼の気持ちがどう変わっていくかを描ければ、見る人に伝わるはず。大泉さんが等身大の父親を演じてくれたことにも助けられましたね。最初は陽気で惚気(のろけ)もするが、どんどん表情も口ぶりも厳しくなっていく、難しい役。とくに、三角との場面は、1日だけの撮影でしたが、短期間で減量して、頬がこけ無精髭を生やした五十男を作ってきてくれて、目黒さんの緊張感と相まって鬼気迫るものでした」
時は遡り、1980年。亡くなったジョン・レノンの「Woman」が街に流れるなか、大学生の三角は東京・高田馬場の中古レコード店でバイトをしている。ある日、店の軒先で雨宿りをする女性に出会った。人懐っこい笑顔と憂いを帯びた佇まいの正木瑠璃(有村架純)と恋に落ちる。
「有村さんとは3作目になりますが、年上の女性に見えるように、口調や儚さで大人の演技を見せてくれました。僕は、三角の部屋でふたりが月を見るシーンが一番好きなんです。瑠璃色に染まるふたりの顔を綺麗だと思いましたね」
瑠璃は「早稲田松竹」で映画『東京暮色』を見る。高田馬場で約70年の歴史がある名画座で、撮影を行った。
「既婚者で許されぬ恋に悩む瑠璃はどんな映画を見るだろうと思ったら、大好きな小津安二郎の『東京暮色』が浮かんだ。主人公の『私は生まれてこなければよかった』という思いが、瑠璃の心境にシンクロするのではと」
80年代の高田馬場の街並みは、茨城県筑西市に巨大なオープンセットを作り、風景はCGで補って、再現した。
「夕暮れ時の雨の中のふたりは、おかげで幻想的なシーンになりました」
物語の要となる子役の演技には驚いたという。
「練習すると癖がついてしまうので、事前に台本を渡さず、現場でセリフを覚えて演技を作りました。難しい要求なのに、3人とも自然な演技でした。とくに、小山内瑠璃の同級生の娘を演じた小山紗愛さんは『監督、ここは泣いてもいいですか』と聞いてきて、表現力がすごい。あの子こそ大女優の生まれ変わりじゃないかって思った(笑)」
時を超える大人のラブストーリーを紡いだ。巷間、“胸キュンの巨匠”と称される監督に今後を聞くと……。
「人間模様を描く映画をまだまだ撮りたいですね。でも胸キュンは狙っては作れない。え、もう4本も撮った? でもまだ巨匠じゃないです(笑)」
ひろきりゅういち/1954年、福島県生まれ。2003年、『ヴァイブレータ』で、第25回ヨコハマ映画祭ほか多数の映画祭で賞を獲得する。主な監督作品に、『ストロボ・エッジ』『オオカミ少女と黒王子』『PとJK』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『ママレード・ボーイ』など。22年は『あちらにいる鬼』『母性』が公開。
INFORMATION
映画『月の満ち欠け』
公開中
https://movies.shochiku.co.jp/tsuki-michikake/