13年ぶりの女性コンビの決勝進出や、フレッシュな決勝進出者の面々、山田邦子の審査員就任などで大きな注目を集める2022年の「M-1グランプリ」(テレビ朝日系)。
惜しまれながらもM-1審査員を引退した上沼恵美子さんについて書いた『女芸人の壁』(文藝春秋)掲載のコラム「上沼恵美子論」を抜粋・編集したものを掲載します。
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ウェブ連載「女芸人の今」を始めるにあたり、必ずやインタビューをしなければならないと思っていたひとりが、上沼恵美子だった。
天才姉妹漫才師・海原千里・万里として鮮烈なデビューを飾り、人気絶頂の時に結婚、引退。その後、浪花のヤング主婦代表として復帰し、すぐさま冠番組をいくつも抱えるスター司会者となった。
連載を通して知りたかったのは、テレビが女性芸人に対し、その時代その時代に求めてくる役割に、彼女たちがどう従いどう抗ってきたか。
上沼恵美子はその点で非常に特殊な芸人だった。ブスを求められるわけでもない、既婚なのでもちろん行き遅れキャラでもない。主婦という肩書きも、彼女にとっては単なる事実に過ぎず、そこに従っているようにも抗っているようにも私には見えなかった。
なんというか、女性芸人につきまとう様々なややこしさを、圧倒的な自信で無効化しているように感じた。その自信の根源はどこにあるのか。
インタビュアーとの間に引かれた線
取材当日、上沼は、笑顔で我々を自宅に招き入れた。お茶をすすめ、お菓子を解説し、愛犬を紹介する。とにかくずっとしゃべっていた。当初お願いした時間を大幅にオーバーしてもまだしゃべる。そのしゃべりには一切の澱みがなく、質問を差し込む隙もなかった。前半はインタビューというより、ただただ聴いている状態だった。
もう何度したであろう、生まれ故郷の淡路島の話、なりたくてなったわけではない漫才師の仕事、結婚、出産、姑との同居、ローカルタレントの辛い現実、関西テレビとの確執……流れるように出てくるエピソードは、フリもオチも完璧に仕上がっている。しゃべっている時の彼女の目に、たぶん私はインタビュアーとして映ってはいない。上沼の目の前にいるのは、東京からわざわざやってきた観客だ。
きっちりと線が引かれているのを感じていた。だからなのか、彼女の口から流れてくる言葉は、本人のことなのに本人のことじゃないような、古典落語の一節のようにも聞こえた。
以前『婦人公論』のインタビューで上沼はこんなことを話していた。「私は自分で苦労を買って出たのかもしれません。自分だけの面白い『人生ゲーム』を作るために」。
私はその人生ゲームを聞くためにここにやって来たわけだが、徐々に気づき始めた。上沼恵美子は、上沼恵美子に対して他人事だからその人生ゲームは成立しているのだと。