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 官僚たちとの書類をめぐるやりとりは、役所特有の語彙を駆使した“法令パズル”にしか見えず、文言のどこに落とし穴がまぎれているかと悩ましい。勤務時間は早朝から深夜まで、のべつ降りかかる政治的な無理難題でストレスばかり溜まるのが、この市ヶ谷だ。はやく地方の部隊に戻してくれと、心中懇願する幹部自衛官は多い。

 けれど予算をつけて人と装備を配置し、現場できちんと運用すれば、自衛隊という鈍重な軍事組織のその一部であっても、意図した通りに目覚ましく機能するようになる。それは自分が組織の中枢にいるからこそかなうこと。

 この建屋のなかで深い溜息をつく女性自衛官がいる。ひとりの生活者として、この自衛隊で子を産み育てながら任務に励むことが、どうしてこんなに苦しいのかと――。

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 A棟18階のレストラン「スカイビュー」からの眺めは抜群だ。遠く皇居の森の向こうには、日比谷から銀座にかけての街並みが広がる。春になれば眼下を走る外堀通りの沿道は桜花で煙り、風に舞い散る薄桃色の吹雪はお堀の水面で花筏となる。

突如、直面した「ガラスの天井」

 2018年6月初旬。佐々木千尋2等空佐はランチタイムの混雑を避け、11時半の開店と同時に窓際のテーブル席を確保した。そしてこれから会う人物にじっくり話を聞いてもらおうと少し緊張していた。

 身長159センチで細身の佐々木だが、庁舎内を歩く姿は歩幅大きく颯爽としている。正義感が強く、納得できないことを黙して呑みこむことができない。したがって性格はきついと言われる。

©文藝春秋

「ケンカっぱやい」と自己分析もする。上昇意欲は防大の同期より少しばかり旺盛だが、愛敬のある笑顔と歯切れのよい口調が仕事への好ましい自信に映る。それが本来の彼女だ。

 ところが、この日の佐々木に笑顔はなかった。

 将来への不安に打ちひしがれていたのだ。

 佐々木は前年5月に第1子となる女の子を出産し、この4月に職場復帰したのだが、直属上司との折り合いが悪く、仕事と家庭の両立がまったくできずにいた。

 子を産み育てることと働くことは、どちらも人生の歓びのはず。なのに、子供の存在が重い足かせのように感じられるのだ。仕事をしつつ育児をこなすことが、まるで罪悪のようにすら思われた。