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 出産前に上司はこう言った。

「職場に復帰したらフレックスタイムを使って、自宅からテレワークで仕事すればいい」

 ところが1年の産休を経て職場に戻るとその上司は転勤。新しい上司の方針は真逆だった。

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「フレックスやテレワークなんて困る。職場にいてもらわなければ仕事にならない」

 おかしな話だった。そもそも空自のテレワーク用端末は、佐々木の所属する航空幕僚監部(空幕)防衛部情報通信課が主管している。その端末であれば、VPN通信を使った秘匿性の高い情報のやりとりが自宅や海外の出張先でも可能となる。にもかかわらずそれを自分の部下に使わせないのは自己矛盾ではないか。

 佐々木は夫と育児ローテーションを組んで、以前通り働こうと思っていたが、こう言われた。

「無理して戻ってこなくてもいいので、3年間の育休を取ってくれないか。佐々木の席はそのまま、調整して別の者を補充することもできるんだ」

 防衛省は働き方改革や女性職員の活躍推進改革と並んで、この育児休業や介護休業を推進し、自衛官と職員のワークライフバランスの改善を図るとしている。

写真はイメージです ©istock

 だが佐々木にとって長期の育休は「キャリアの終了」を意味していた。上司からの提案は“戦力外通告”と同じこと。受け入れるわけにはいかなかった。

出産が職場での査定に響いたのではないか

 そのころはまさに昇任人事のシーズンでもあった。

 防大の同期全員が仲よく同時昇進するのは1尉まで、3佐から前期と後期に分けられ、2佐になると、幹部候補生学校の卒業成績はもとより、勤務地での評定も参考に序列順となる。しかも1佐や2佐という上位の階級でなければ就けないポストがある。後輩たちが続くなか、昇任レースで後れをとれば、それだけ選択肢は狭まるのだ。

 その期で最初に昇任するグループを自衛隊では「一選抜」という。昇任とともにその人数は絞り込まれ、最後は幕僚長を1人輩出して「上がり」となる。

 佐々木は空自の高級幹部を目指す者に必須の、「指揮幕僚課程」にも1回で合格し、次の昇任への好位置につけていると思っていた。ところがふたを開けてみれば人事発令のリストに自分の名はなかった。一選抜から漏れたと思った。

 出産が職場での査定に響いたのではないか。

「そんなにへこまなくてもいいよ」という上司の言葉が疎ましかった。

 すでにこの部署には産前産後の休暇期間を含めて3年もいる。そろそろ異動の辞令が出てもよいころだ。「幹部申告」に希望部署を書いて出していたが、上司はわざわざこう言ってきた。

「先方から、小さい子供がいると、急な対応ができないだろうから受け入れられないって」